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自分のことを好きになる方法を考えてみたけどそもそも自分のことを好きにならなきゃいけないのかどうかすら分からない。

「自分のことを好きになりたい」
ずっとそう思っていたんだけどな、何か違うかもしれないとも最近思う。
自分のことを好きになりたいというよりも私は、自分のことを好きにならざるを得ないくらい「凄い自分」「頑張った自分」になりたいんだな。
例えその結果誕生した私を私が好きになれなかったとしてもそれはそれで別にいいのかもしれない。

私が大好きな女の子や尊敬してる女の子はみんな客観的に見て本当にすごい人たちばかり。
贔屓目とか抜きに、経歴もやってきたことも才能も努力も全てが私からしたら本当に輝いているし素晴らしいし到底自分ごときには手に入らないものばかり持っている。
私がもしあの子たちのスペックを持っていたら間違いなく自分のことを好きになるだろうというほど。
そんな私の大好きな人たちの共通点を見つけた。
彼女たちは基本的に過小評価だった。
可愛いのに可愛くないと思ってる。
頭がいいのに頭が悪いと言う。
十分頑張ってるのに努力不足だと言う。
どこまで行ってもどれだけ頑張っても、きっとあの子たちは自分に満足しない。
だからこそ成長し続けるし、どれだけ成長しても自分のことを好きになれなかったとしても客観的に見れば明らかにその人は凄いし努力してる。

言葉にするのが下手すぎて何が言いたいか分からないと思うけど😢、私が尊敬する子たちは自分にとても厳しい。
でも自分以外の人にはとっても優しい。
「自分は生きてるだけで偉いわけないけどみんなは生きてるだけで偉いよ.」そんな子だ。
努力を努力と思わず、自分に厳しく他人に甘い。
私のなりたい人間像はこれかもしれない!って最近思ってる。
でも多分この考え方も私の中の流行りなものでまたすぐにこうじゃないああでもないって思い始めるんだろうな。
でも今は、自分がこうなりたいって思った方向に突っ走ってみようと思う。

努力を努力と思わない人間になりたいとか言葉にしてしまってる時点で、自分の努力というものをある程度形として認識してしまってるから終わりなんだけどね、無理です多分でも頑張りたい。
自分を変えたいので宣言しました。

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