彼の父親からの電話
朝、午前中だったかなぁ・・・
彼の父親から電話がありました。
私は怖くて受話器を上げることができませんでした。
すると、電話の留守番電話機能が働いて録音が始まったんです。
「俺の息子、俺の倅(せがれ)が・・・危篤だ。
あいつが会いたいのは、〇〇(私の名前)だから、すぐに会いに行ってやってくれ・・・〇〇病院に運ばれたそうだ・・・ガチャっ」
・・・・っ!
もう何もわからなかった。
ただ、やっぱり・・・って気持ちはあった。
その時、私は母と別々に暮らしており、たまたま私の母がナースをしていたことから、母にすぐに電話した。
「オートバイの事故なんだけど、危篤ってどういう状態なの?」
母は、
「一口に危篤と言っても、症状は色々あるから、早く行ってきなさい」
と言われ、私はすぐに病院に行きました。
うちの近所の中規模の病院に運ばれていました。
朝早いため、正面玄関とは違う通用口で受付を済ませ、なんとなく暗く、冷たい廊下を歩いて言われた場所まで歩きました。
心臓が口から飛び出るんじゃないかって思うくらい、身体中が痺れるような状態になりながら・・・
特に肘から下の部分が温度が高いのか低いのかわからないような極端に体温がコントロールできない状態でした。
うちから病院までどうやって行ったのか?
その道のりはあまり良く覚えていません。
ただ、うちからとても近い病院だったんです。
一本道を進むと、もうそこは病院で、自分ひとりで行ったはずなのに、何も覚えていないんですよ、不思議です。
ただ、病院に入って、彼の名前と救急車で運ばれたという事をフロントで伝えて、処置室の前まで連れてこられました。でも、親族ではないということで結局、彼のそばに行くことができませんでした。
処置室に入れてもらえなかったんです。
私はなんとなく目が回る感じがして、立っていない方がいいと感じ、処置室の前にある長いベンチに腰掛けました。
そのうちに、警察が来ましたが、私はその時に聞かれたことや、話したこともあまり覚えていません。
ただ、私の電話番号が出てきたことや、婚姻届を持っていたこと、そんな感じの報告を受け、婚姻届の名前が私のものかどうかの確認をされたと思います。
とにかく覚えていることは、体が痺れでこれ以上ないくらいに熱々にヒートアップしていたことくらいしか・・・それなのに汗を全然かかない。
人間の体って、神経ってスゴい・・・
気がつくとなんとなく彼の運ばれた、その扉の前に立ってました。
ナースたちが行ったり来たり。
それもなるべく中を見せないように、扉の開け閉めをしているのがわかりました。
なんだか背中から頭までの首の後ろがゾクゾクして立っていたんですが、自分の横にちょっとした青い椅子があったのでそこに腰掛けました。
そうしたら、またナースが・・・
扉が開いて、中が見えたんです。
彼が寝ているのが、よく見えたんです。
見慣れた、紺色のMA-1
履き慣れた、LEEのジーパン
中央から引き裂かれた、Hanes のTシャツ
なんか、力がない彼の横たわっている様子。
痩せていたはず。
何か体の形が変。
顎から腰に向かってまるで風船でも入れたみたいに膨らんでる。
顎と首の境目がなくなって、変なふうに膨らみ、見たことのない色。
ジーンズも、下の部分から太ももの辺りまでキレイに避けてる。
その周りに擦れたような傷。
血はなかった。
また警察が近づいてきました。
そして私にこう言いました。
「これが伝えようかどうしようか迷ったんですが、彼は、救急車の中で心拍も脈もなく、意識がないはずなのに〇〇(私の名前)と小さな声で呼んでいたという報告を受けています。時々こういうことがあるそうです。では・・・
と言って去っていきました。
私は黙って聞いていました。
それが事故当日、病院で警察の方からの最後の報告でした。
私はその場で彼の家族に会いたくなかった。
病院で家族に会いたくなかった。
人間の、親の悲しみの頂点をそこで見たくなかった。
想像するととても怖くて長居はできないと感じていたんです。
その後、いつ、どのタイミングでどうやって家に戻ったかは全く覚えていません。
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