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金太郎伝説を行く2024.01.28
スクナヒコナのひとりごと
まさかりかついで 金太郎
熊にまたがり お馬のけいこ
ハイ シイ ドウ ドウ ハイ ドウ ドウ
ハイ シイ ドウ ドウ ハイ ドウ ドウ
あしがら山の やまおくで
けだものあつめて すもうのけいこ
ハッケヨイ ノコッタ
ハッケヨイ ノコッタ
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田村虎蔵氏をたたえる石碑
今回の「金太郎伝説を行く」は、神奈川県足柄地区の伝承となります。
金太郎の歌にありますように 金太郎がいた場所は、足柄山。
箱根町仙石原にあります公時神社と。公時神社を登山口とする金時山を中心に。北はJR御殿場線足柄駅から。東は大雄山までと、幅広く金太郎伝説が残されております。
金太郎は、坂田金時という武将の 幼少の頃の名前とされていて。子供の頃から大きな身体で力持ち。 もし、現代に生まれていたならば さぞかし立派な 大横綱になったのかな? と思われます。
桃太郎と同様に 童謡としての金太郎のイメージが強いのでしょうね。 凶暴な熊にまたがる金太郎の力強さが印象的です。
そんな坂田金時は、源頼光にスカウトされて京の都に上っていくのですね。
時は、平安時代。源頼光は、時の権力者 藤原道長らに仕えていました。
ちょうどこの世に武士が現れはじめた頃。源氏の祖先となる人たちが生まれた時になります。
源頼光は、全国をまわって豪の者を探していたのですね。頼光の右腕とされる渡辺綱(わたなべのつな)に 見いだされ。坂田金時は、頼光四天王(渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部季武)と呼ばれるほど 活躍されました。
特に大江山の鬼退治の伝説は、有名ですね。
日本最強の鬼である酒呑童子(しゅてんどうじ)は、何百もの鬼を従えていたようで。四天王たちは、次から次へと鬼と戦う 壮絶な戦いだったと思われます。
その他にも 土蜘蛛退治や茨木童子との戦いなど。頼光四天王は日本の平和を維持するため戦っていました。
これらの戦いの足跡なんですが、今も残されているのが面白いですね。
その時の日本刀が、東京国立博物館や各所神社などに残されていますから 興味深い話しとなります。
金時山に登る
人気のハイキングの山 金時山。登山口近くのバス停ではなく。ひとつ手前のバス停 仙石原で降りていきます。
バスは、小田原駅と箱根湯本駅からありまして、アクセスが良い山だと思いますね。
金時山は、登山と観光の両方が楽しめる山だと思います。
金時山の登山口は、公時神社からとなりますね。
ゴルフ場の入り口でもありますが、奥の方へと行けば手前の公衆トイレと神社への標識が現れます。
この公衆トイレ。 アニメ「エヴァンゲリオン」仕様になっているのですね。 エヴァンゲリオンの舞台設定 第三東京都市は、箱根なんですよ。溶岩の中のシーンは、箱根の山の中。湖は、芦ノ湖となります。
使徒との戦いや キャラクターたちがいた場所を想像できるのも楽しいかと思いますね。
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さて、公時神社ですが。昔はなかった社務所があって、御朱印やお守りが購入できるようになりましたね。神社で参拝してから 登山ができるなんて。霊峰好きには、ありがたい 理想的な山になったと思います。
登山道は、良く整備されていますね。山頂で、うどんやカレーなどをほおばれるのも うれしい限りです。
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登山をあまりしていない人には ちょうど良い山ですね。頂上の茶屋で何をしようか? 自分へのごほうびがあると、あとひとつ頑張れますね。
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ここまでは、今まで何度か登ってきた金時山の登山コース。今回はじめて、登ってきた方に戻らず 反対側へと降りていきます。
ビックリです。
いきなり急な下りなんですね? これを登るなんて、ヤバいよ! と思っていましたら 登ってくる方がいました。 たいへんですね。ごくろうさまです。 頑張って降りていき 鳥居が見えますと坂も終わり。 平坦な道になりました。
このあと。次の目的地は、金太郎の住居跡。すれ違う人の少ない道を歩くことになります。
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山道から ようやく建物が見えますと、各所 史跡とキャンプ場となります。
まずは、案内図を見て 夕日の滝へ。先に金太郎の力水が現れました。
こちらは、キャンプ場の水場になっているようですね。近くに川がありますからね。 キャンプには困らない場所かと思います。
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キャンプ場を離れて次なる目標は、今回の注目の場所 金太郎生家跡。 道路から少し入った先には、広場があり看板だけが残っています。
こちらは、住居があったと思われる場所に。 基礎となる土台の跡だけなんですね?
考えればわかることですが。金太郎が生きていたのは、西暦1000年あたりです。母を残して京の都にのぼった金太郎ですから 住居は、とっくになくなっています。痕跡があるだけ 奇跡だと思いますね。
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金太郎の母は、山姥(やまんば)とされていますが、これは怪しい老婆というよりも 山奥に住み着いている女性ということでしょうね。
八重桐という名の女性とも 言われていますが、旅のできる時代でもなく。 確かな情報がある時代でもありません。父親不詳の名もない女性が母親だったと考えられますね。
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次に行きますのは、足柄峠。古代の拠点だったところです。
今も残されている足柄道や足柄古道は、かつての主要幹線道路。東海道が通れるようになるまでは、これらの古道をみんな通っていたようです。
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足柄峠 到着。
駿河(静岡)と相模(神奈川)の県境であります足柄峠には、関所がありました。東海地方と関東地方の境になりますね。
古代の考えですと、東国への入り口です。
やがて、関所も足柄から箱根へと移ることになりました。
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足柄峠にあります足柄明神跡。見逃しそうになりますが、古事記に記されている伝説の場所です。
ヤマトタケルが生きていた時代。およそ西暦100年頃のことです。
ヤマトタケルは、この地を訪れました。
足柄の神様は、坂の神と呼ばれる謎の神様です。
従わない者は、ことごとく滅ぼしてきたヤマトタケル。 白鹿の姿となって現れた坂の神を。タケルは、食べていた蒜(匂いの強い食べ物)を投げつけて殺してしまいます。
この結果を持って、ヤマトタケルの東国征伐は終わりを告げるのですね。 哀れというべきか、残念とするべきなのか? ヤマトタケルの言い伝えは、何故か? あまり誉められるおこないをしていません。
あえて、悪い印象を持たせているように感じますね。
残念なのは、足柄の神様です。青梅の御岳山でも白い鹿を 蒜のツタで打ち殺しています。なぜなのでしょうか? 英雄がする行動ではないですね。 疑問の残る英雄譚が、ヤマトタケルの伝説なんです。
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現在、南足柄市に足柄神社が存在するため 足柄明神跡になるのですね。
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ちなみに ヤマトタケルは、伊吹山に行った後に。病いで亡くなりますが。亡くなる理由が、伊吹山の白い猪を侮ったからです。白い生き物に注意をいたしましょうね。
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現在は、新しい鳥居に代わっています。
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日本三大聖天だった足柄聖天(生駒聖天、待乳山聖天)。何でも願いを叶えてくれる危ない神様です。
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看板には、ヤマトタケルの伝記などが記されていました。
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箱根の関所に移るまでは、大事な関所でした。
足柄峠を出て、次なる目的地が頼光対面の滝。
途中で曲がる道を見失いましたが、なんとか到着。
金太郎のうわさを聞いて最初に接触したのは、渡辺綱なんですね。ウワサ以上の力持ちの金太郎に 源頼光を面会させたのが、この滝なのでした。
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ここから 約ひと駅ぶんあるいて、最後の目的地 金時公園に行きます。
JR御殿場線のひと駅を甘くみましたね。ひと駅、電車で移動するべきでした。疲れました。
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金時公園に関しては、金太郎を称えた神社や公園にクレームを入れるつもりはありませんが。この金時公園の解釈は 金太郎が江戸時代にいた人だと勘違いしているのではないでしょうか? あきらかなことは、金太郎がいた時代(平安時代)から およそ700年もの間があります。江戸時代に当たり前にあるものが、平安時代にはなかった可能性があるのですね。そのあたりに疑問を感じるところがありました。
江戸時代の駿河の国ですと、三島の宿場町が にぎやかだったと思われます。それに対して平安時代の駿河国の小山町は、足柄古道が近くを通っていても 馬も通れないような道が主要道路だったと思われます。しかも この頃の静岡や関東は、過疎化しているような田舎の村。人が行ったり来たりする時代ではありません。そのあたりを勘違いしている可能性がありますね。
このあたりが拓けてくるのは、鎌倉時代ですからね。その少し前には 源頼朝が罰として、伊豆に流された時代です。その400年前にも役行者が、伊豆に流されていましたからね。
父親が坂田蔵人なる人物も どこからわかったのか? 宮中に仕えた男性が父親とのことですが、金太郎の母となる女性が何故離れたのかが わかりません。 京の都から 駿河まで行く理由がないのです。そうとうの覚悟がないと京都から静岡に行けなかったのですよ。
さらに 八重桐が彫物師の娘とのことですが、江戸時代に多い彫物師が 平安時代に職業としている人がいたのだろうか?
彫物は当時、罪人への目印として彫られていた時代です。 文化の違いがありすぎるのですね。
およそ、700年後の伝記を示す江戸時代に刊行した駿河記の信用性も 疑わしいです。
平安時代から 1000年後の現在よりも。江戸時代ならば、今より様々な痕跡が残っていたのでしょうが。 現在の方が多くの情報があります。 駿河記を鵜呑みにするのは、危険な考え? 参考程度に留めておくべきだと思います。
正直なところ。いままで歩いてきた南足柄地区の金太郎の足跡からも。 金時公園は、だいぶ離れているのです。
歩いていて、思ったのは。橋を渡るための川の存在が、今でも不便に感じましたね。 金太郎がいくら丈夫でも 足柄山からは、離れすぎています。
実は、江戸時代のこの頃は。お金のある人は、自分探しをしていたようで。たくさんの話しを作り上げられていたようなのです。
自分の家系の由緒などを創作してしまった?
真実はもうわからないのですよ!
足柄の神様
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坂の神って、なんだろう? そう思いますね。まだ、峠のことも坂と読んでいた時代。分かれ道には、神様がいるものと信じられていました。
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山頂には、今も祠などが残っています。
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熊に乗ったらかわいそうとなると、こうなりますね。
金太郎の言い伝えは、夢がありますね!
平安時代は、生まれた時の家系だけで その後の人生が決められてしまう時代。
平民には、手柄をあげるチャンスすら与えられない? そんな世の中です。
そんな平安時代に 実力で出世をした人物。
私の知る限りでは、平将門を討った俵藤太(藤原秀郷)と 源頼光に召し抱えられた金太郎ぐらいしか 思い浮かびませんね。
どちらも チャンスをものにした。まれに見る英雄だと思います。
足柄山の金太郎。 アニメのような力持ちの男の子が、おくった英雄の話し。
地域の自慢の英雄として、いつまでも 夢のある話しを語り続けていって欲しいものです。