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INFJと場面緘黙症

私は小学生の頃から声を出すのが苦手だった。
家では普通に喋れるし感情表現も出来てたけど、学校では素の自分を出すことが出来なかった。
といっても、全く発声ができないという訳ではなくて、決められた文章を読んだり、簡単な返事をしたりすることは出来た。例えば国語の授業の音読や健康観察のときなど。
ただ、グループ活動での話し合いやクラスメイトとのちょっとした雑談などが劇的に出来なかった。
なんていうか、とにかく目立ちたくなかったのだ。
自分が自発的に何かを発言したり行動したりすると、他人が自分に注目する。それが何より苦手だった。
多分一種の強迫観念に取り憑かれていたんだと思う。
周りの人の視線や反応が怖くて、何も動けない。
自分は何かを言ってはいけない、自分は笑ったり怒ったりしてはいけない…と自分で自分を縛っていた。

結局それは小学校を卒業するまで続いた。
他のクラスメイトも、私が"そういう人間"なんだと分かっていたので、無理に話しかけたりちょっかいをかけたりすることもなかった。
たまに優しい女の子が気を使って話しかけてくれたこともあったけど、基本的にはずっとぼっちだった。
この症状の辛いところは、一度皆に私が喋らない人と認識されてしまうと、その認識を変えることが困難だということだ。
例えば、長らく何にも反応を示さなかった人間が、ある日唐突に笑ったとする。すると、
「え!?あの人が笑った!何でいきなり?貴重だ!」と、過度に注目されるだろう。
つまり、緘黙期間が長期化すればするほど、その反動を恐れて内に閉じこもってしまうということだ。
私の場合、それが6年間にも及んだ。
正直辛かったけど、最後の方は慣れてきたのか、あまりしんどいとは思わなくなっていた。
もちろんしんどかったけど、考えるのを辞めていたのかもしれない。
私の存在を奇異に思って、いじめてくる人がいなかったのも幸いしたと思う。
もしこの時にいじめられていたら、多分不登校になってただろう。
それに関しては今でも感謝している。一定の距離感を保ってくれていたから私も過ごしやすかった。(単に存在を忘れられていただけかもしれないけど)

ここまで長々と語ってしまったけど、場面緘黙症の方はINFJの人が多そうだな、とふと思った。
周りの空気を敏感に察知してしまって、自分を押し殺してしまう。完璧主義で過度に強迫観念が強いのもINFJ特有の性格かもしれない。
あくまで自論なので根拠はないけど、一応自分の体験談を書き記しておく。


全然関係なかったらすみません


〇個人的 場面緘黙症あるある
・よく「あ、って言ってみて!」と言われる
・何かの発表会で強制的に言葉を言わせられるのが地獄
・たまに発声しても声が小さいため何度も聞き返される
・よく皆に存在を忘れられる
・面白いことがあっても笑えないため、なんとか顔に出さないよう必死に堪える
・理解のない先生が荒治療してくる
・困ったことがあっても人に言えないため、ずっと困ったままでいる(申し訳ない)

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