ラプンツェル 朗読用原稿
昔々あるところに、とある夫婦が暮らしていました。この夫婦は、長い間子供が欲しいと願いながらも、なかなか子供を授かることができずにいました。深く神様に祈りを捧げて、ようやく、奥さんのお腹に新しい命を授かることができました。
彼らの家の裏手にある小さな窓からは、近くにある庭園を眺めることができました。その庭園は生き生きとした野菜や草花で満たされた、とても美しい場所でした。
うっとりするような美しい庭園でしたが、その周りは高い柵で囲われていて、人がくるのを拒んでいるようでした。けれど、もし柵がなかったとしても、誰も中には入ろうとしなかったでしょう。
なぜかというとその庭園は、とても強大な力を持ち、世間で恐れらている魔女が作ったものだったからです。
ある日、奥さんが、小さな窓からこの庭園を眺めていると、花壇に植えられた、青々とした菜っ葉が目にとまりました。その色がとても美しく、美味しそうに見えたので、奥さんはこの菜っ葉が食べたくて食べたくて、どうしようもなくなりました。
けれども恐ろしい魔女の持ち物ですから、どんなに欲しがったところで手に入るわけがありません。
あまりの物思いに奥さんの顔は青ざめ、だんだんやつれていくようでした。
奥さんのことを心配した旦那さんが、
「どうしたんだ？ なにかあったのかい？」
と尋ねますと、奥さんは
「ああ、魔女の庭園の、あの美しい菜っ葉を食べなきゃ、きっと私は死んでしまうわ」
と言いました。
旦那さんは、奥さんのことを心の底から愛していましたので、
（妻を死なせるくらいなら、なにをしてでもあの菜っ葉を手に入れてこよう）
と考えて、その日の日暮れに塀を乗り越え、魔女の庭園に忍び込むと、菜っ葉を一つかみ盗んできてしまいました。
奥さんはすぐに菜っ葉のサラダを作り、ペロリと平らげてしまいました。
けれども、そのサラダが本当に美味しかったので、あまりにも美味しすぎたので、次の日には前よりもずっと、菜っ葉が食べたくて――食べたくて食べたくて、仕方がなくなってしまったのです。
愛する奥さんの望みですから、旦那さんはもう一度、魔女の庭園へ菜っ葉を盗みにいかなければならないことになりました。
日が暮れると、旦那さんはまた、魔女の庭園に忍び込みました。塀をのりこえ地面に降りて顔をあげると、目の前に魔女が立っていました。
「どうして」
と、魔女は言いました。
「私の庭に入り込んで、菜っ葉を盗んでいくのですか。盗人のような真似をしては、ろくな目に遭いませんよ」
旦那さんは、恐怖に震えながら答えました。
「どうかお慈悲をかけてください。他にしようがなかったんです。私の妻が窓からあなたの菜っ葉を見て、それがあまりに美味しそうなので、あれを食べないと死んでしまうというくらい思いつめてしまったのです」
それを聞くと、魔女は少し機嫌をなおして
「そういう事情なら、好きなだけ菜っ葉を持っていくといい。ただ、一つだけ条件がある。お前の妻が子供を産んだら、その子を私に引き渡しなさい。なに、心配することはない。私が立派に育ててあげる。母親のように世話をしてあげたいのさ」
魔女のことを恐れるあまり、旦那さんは約束してしまいました。
それからしばらくして、夫婦の間に子供が生まれると、すぐに魔女が現れて、「ラプンツェル」と名前をつけて、連れて行ってしまいました。
ラプンツェルは世界で一番美しい子供に成長しました。彼女が十二歳になると、魔女はラプンツェルを高い塔の頂上にある小さな部屋に閉じ込めました。
その塔は森の中にひっそりと建っていて、ぐるりと一周してみても、扉も階段も見当たりません。ただ天辺に小さな窓があるばかりです。
魔女が塔に入りたいときはいつも、窓の下に立って、
「ラプンツェル、ラプンツェル！ お前の髪を降ろしておくれ」
と叫ぶのでした。
ラプンツェルの髪の毛は、金を紡いだように美しく、立派で、おまけにとても長いのです。
魔女の声を聞くとラプンツェルは、編んだ髪の毛をほどき、窓の留め金にまきつけて、塔の外に垂らします。
すると髪の毛は二十メートルも下まで届くので、魔女はそれを登って部屋に入るのでした。
ラプンツェルが塔の中で暮らすようになってから、何年かたったころのことです。
あるとき偶然に、馬に乗った王子様が、塔のそばを通り過ぎました。
王子様は、ふっと視線を上に向けました。
どこか高い所から、優しい響きの、美しい歌声が聞こえてくるのです。
それは、ラプンツェルの歌声でした。
塔の中で、ひとりぼっちのラプンツェルが、その寂しさを埋めようと、小鳥のように歌っていたのでした。
王子様は、（この素敵な歌声の持ち主は、いったいどんな人だろう）と思いました。
それで、塔を登って会いに行こうとしたのですが、塔の周りを一周しても、どこにも入口が見つかりません。
仕方なく、王子様はお城に帰ってゆきました。けれども、塔から響く歌声が、王子様の心を深く捉えて離さなかったので、王子様はそれから毎日森へ行くようになりました。そうして、木陰に佇み、ただ静かに、歌声に耳を澄ませるのです。
あるとき、王子様がいつものように歌声に耳を傾けていると、塔の下に魔女がやってきて
「ラプンツェル、ラプンツェル！ お前の髪を降ろしておくれ」
と叫びました。
すぐに金色の髪が降りてきます。魔女は髪の毛を伝い、塔の中へ入っていきました。
その様子を見ていた王子様は、
「あれが梯子だというのなら、運試しだ、僕もやってみようじゃないか」
とつぶやきました。
次の日、日暮れ近くになったとき、王子様は塔に向かって、
「ラプンツェル、ラプンツェル！ お前の髪を降ろしておくれ」
と叫びました。
するとすぐ、魔女の時と同じように金色の髪が降りてきたので、王子様はそれを登っていきました。
塔の中で暮らしていたラプンツェルは、男性というものを一度も見たことがなかったので、窓から王子様が現れたとき、ひどく怯えてしまいました。
けれども王子様が、優しい調子で友達のように話はじめ、ラプンツェルの歌に深く心を動かされたこと、そしてそのために、眠れぬ夜を過ごしたこと、どうしても、歌声の主に会わずにはいられず、こうしてやってきてしまったことを告げましたので、ラプンツェルの心からは、次第に恐怖が薄れてゆきました。
王子様が、自分を夫にしてくれないか尋ねると、ラプンツェルは、王子様の手を握って、「はい」といいました。
王子様は若く、容姿に優れていたので、年老いた魔女よりも、きっと自分を愛してくれると思ったのです。
「あなたがここへ来るときには、絹糸を一束ずつ、持ってきてくださいね。私はそれで梯子を編んで、出来上がったらこの塔から出ていきましょう。そうしたら、あなたの馬に私をのせて、あなたの国へ連れて帰ってくださいね」
魔女は決まって明るいうちにやってくるので、その時が来るまで、王子様は毎晩ラプンツェルのところへやってくることを約束しました。
ラプンツェルと王子様の関係に、魔女は一切気が付きませんでした。
ラプンツェルが、こんなことを言うまでは。
「王子様の方が若くて体も大きいのに、お婆さんを部屋に引き上げる方が大変だわ」
魔女はぎょっとして
「ああ」
と叫びました。
「なんてことをしたのラプンツェル。私はあなたを、外の世界とは切り離しておきたかったのに。あなたは私を欺き、裏切ったのね」
魔女は怒りにまかせてラプンツェルの髪をつかみました。
そうして、髪を左手に巻き付けると、いつの間にか右手に持っていた鋏で、ザクリザクリと、切り落としてしまいました。
美しい金色の髪が、床の上に散らばりました。
魔女はラプンツェルを砂漠へ連れていき、そこへ置き去りにしました。
そういうわけでラプンツェルは、砂漠で、苦しくつらい生活を送らなければならなくなりました。
魔女は、ラプンツェルを砂漠に置き去りにすると、すぐに塔へ戻ってきて、床に落ちたラプンツェルの髪を拾い集めて、窓の留め金にひっかけておきました。
そうしておいて、いつものように王子様が
「ラプンツェル、ラプンツェル！ お前の髪を降ろしておくれ」
といいますと、すぐに、髪を窓から降ろしてやりました。
王子様が笑顔を浮かべて塔の中に入ってみますと、けれどもそこには、愛しいラプンツェルの姿はありません。
かわりにそこに立っていたのは、憎しみに目を吊り上げた、恐ろしい魔女でした。
「よく来たね」
魔女が、嘲るように言いました。
「お前は愛するラプンツェルを連れていきたいのだろうが、おあいにく様。この巣はすでに空っぽさ。あの美しい小鳥が、お前のために歌うことは二度とない。猫が連れて行ってしまったからね。そしてその猫は、お前の目玉を掻き出すつもりだ。ラプンツェルは失われた。お前はもう永遠に、あの子に会うことはできないのだよ」
愛する人を失った悲しみが、王子の心を狂わせました。王子は絶望し、よろけて窓から飛び出しました。
幸いにも命は助かりましたが、落ちた拍子に、茨のとげが王子の目を突き刺しました。
目の見えなくなった王子は森をさまよい、草の根や木の実を食べるほかにはなにもせず、ただ愛しいラプンツェルのことを思って嘆き、涙を流すのでした。
そうして何年もさ迷い歩いているうちに、王子様はとうとう、砂漠までやってきました。
魔女がラプンツェルを置き去りにした、あの砂漠です。
声が聞こえました。
懐かしく、いとおしい声でした。
それはラプンツェルが、生まれた双子の子供のために、あの塔の中で歌ったのと同じ歌を、優しい響きで歌っているのでした。
王子様は歌声に向かって歩きました。
ラプンツェルは歌うのをやめ、近づいてくる人影に目をやりました。
そしてそれが、彼女の愛しい王子様であることに気づくと、駆けていって、王子様の首に縋りつき、声をあげて泣きました。
その涙が、王子の両目に飛び込むと、とげが刺さって白く濁っていて王子様の瞳は、再び輝きを取り戻し、またもとのように見えるようになったのです。
王子様は、彼の愛しいラプンツェルと子供たちを故郷の王国に連れていきました。
四人は、国中の人に歓迎され、それからはずっと、みんな幸せに暮らしました。
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