『ハーバー・ビジネス・オンライン』に掲載予定だった安倍政権期の警察・内閣情報調査室をめぐる論考(1)

安倍政権期の公安警察による冤罪事件

 
2024年2月18日放映の以下のNHKスペシャル『続・”冤罪”の深層~警視庁公安部・深まる闇~』を観た。

視聴しての感想は、「衝撃的な内容であるが、同時に予想通り」というものだった。というのも、私は2019年ごろに集中的に警察・内閣情報調査室について調べたことがあり、当時から何か異常なことが警察内部で起きていると思っていたからだ。実際、いまはなき『ハーバー・ビジネス・オンライン』というウェブ・メディアに警察関連の記事を寄稿したこともある。

実は『ハーバー・ビジネス・オンライン』には全4回の連載形式で安倍政権期の警察・内閣情報調査室について書く予定であった。しかし、諸般の事情からそれはかなわなかった(お察しください)。幸い、全4回分の原稿そのものは、ほぼできていたので、今回のNHKスペシャル放映に合わせて、noteに公開して原稿を供養することにしたい。

その前にまず、上にリンクを貼った『ハーバー・ビジネス・オンライン』掲載の第一回目の原稿の内容を紹介しておこう。その記事は、安倍政権期の警察と内閣情報調査室の動きがおかしくなっていることを述べたものであった。具体的には、①内閣情報調査室による選挙への関与、②参議院選挙におけるヤジを行ったものに対する強制排除事件、③前川喜平氏の「出会い系バー」通いの読売新聞へのリークという3つの事例について、警察と内閣情報調査室が政治的に動いていることを、各種の新聞報道、雑誌記事、そして当時、大量に出版された警察・内閣情報調査室に関する本などに基づき指摘したものである。そして、「警察や情報機関が政権に接近しすぎることは、警察組織にとっても、時の首相にとっても、日本国家の安寧の確保という大目標にとっても、望ましくない結果をもたらす可能性が高い」と書いた。

何故そのように言えるのか。
以下は、筆者のPCに保存された、連載第二回のための原稿である。

ハーバー・ビジネス・オンライン第二回原稿


警察人事が政治からの独立性を失いつつある<日本の情報機関の政治化2>
かつての警察組織の人事は政治から遮断されていた

前回の記事では、公安警察や内閣情報調査室といった情報機関が「党派政治化」している危険性があると指摘した。今回は、なぜ「党派政治化」が進んでいるのかを分析する。ポイントとなるのは、警察組織の人事を決める仕組みである。とはいえ、警察組織の人事問題を考える前に、もう1つ、確認しておきたいことがある。つまり、かつての政治と公安警察の結びつきである。

というのは、読者の中には、「公安警察や内閣情報調査室を含む情報機関と、政治の結びつきは、格別、新しいものではない。公安警察は昔から政治と関係していたのだから。だから、今の事態も、それほど深く考える必要はないのではないか?」と考える方がいらっしゃるかもしれない。

確かに、公安警察が収集する秘密情報は、昔から政治家に利用されてきた節がある。茨木県警の警備部長(警視正)を退官した江間恒氏は、「元警察庁長官という、あいつらが大きな顔のできる理由はなにかというと、その情報でしょう」(青木理『日本の公安警察』講談社、2000年、147-148頁)と語っている。

また、沖縄県警の公安警察官であった島袋修氏も、情報が「大物政治家や警察OBの代議士に流れているというのが、仲間うちでの公然の秘密であった」(島袋修『封印の公安警察。あなたのそばにスパイがいる』沖縄教育図書、1998年、87-88頁)と言っている。つまり、公安警察が収集した情報が、政治的に利用されているという噂は、昔から存在したのである。

もちろん、公安警察が収集した情報が、政治家にどのような形で流れ、利用されてきたのかを逐一、知ることは筆者にはできない。それでも、公安警察を含む警察組織や内閣情報調査室の情報は、時の政権に直接、利用されることは、それほどはなかったのではないか、と筆者は考えている。というのは、かつての警察組織の人事は、政治から二つのやり方で遮断されていたと考えられるからである。

(中見出し)
国家公安委員会の合議で警察庁長官を推薦

第1の政治権力と警察人事を切り離すやり方は、言わずと知れた国家公安委員会制度である。国家公安委員会は、首相が任命する国家公安委員長(大臣)と5人の国家公安委員から構成される。公安委員は、任期5年で、毎年一人づつ首相が選ぶ。

この国家公安委員会が、警察庁を「管理」する。国家公安委員の合議によって、警察庁長官を首相に推薦し、首相がそれを承認する。

大臣である国家公安委員長が直接、人事権を握っていたならば、首相は国家公安委員長(大臣)を通じて、警察の人事を支配することができる。しかし、ポイントは、一年に一人ずつ変わる国家公安委員を加えた合議で警察庁長官の人事が決まるため、時の政権が警察人事に影響を与えることは難しかったということだ。同時に、政党間の対立が、警察の運営に直接、反映されることのないようにしていた。

<改頁>
(中見出し)
かつては警務局が警察庁の人事と会計を握っていた

第2の政治と警察の遮断装置は、警察庁内の人事に携わる部署の配置であった。かつての警察法の下では、警察庁で人事権(および会計)を握っていたのは、他の省庁でよく見られた「官房長」ではなく、警務局とよばれる部署であった。

というのは、警察庁の官房長は、先述の国家公安委員会と日常的に接触し、また他省庁や国会との連絡・調整を担っていたので、官房長が警察組織の人事まで担当するなら、警察と政治(国家公安委員会)が近くなり過ぎたからである。

警察庁長官を務めた後、政界に転出して辣腕をふるった「カミソリ後藤田」の異名をもつ著名な官僚にして政治家である後藤田正晴は、警務局が人事権を握っていたことを、公安委員会との関係で次のように言っている。つまり、「公安委員会がいちいち(筆者注:警察)人事に口を出した日には、これは収拾がつかない」。警務局が人事権と会計を持つような制度設計を、「警察の成立のときから、警察法を作った人の知恵だな。非常に良かったと思いますよ」という(後藤田正晴・御厨貴監修『情と理㊤カミソリ後藤田回顧録』、講談社、1998=2006年、228-229頁)。

警察は、政治と距離をとるために、国家公安委員会制度と、国家公安委員会と接触する官房長に人事権を持たせない二重の遮断装置をとっていたのである。時の政権が警察人事に影響を及ぼすのが難しければ、公安警察がしばしば違法な手段で収集した情報を、政治家が自らの党派的利益のために直接的に利用するのは、それほど容易ではなかったのではないか。

2016年のインタビューで、元警察キャリア官僚の亀井静香氏は、次のように語っている。「公安情報の元締めだった人間として断言するが、情報は絶対に官邸に上げない。そんなことをしたら情報が拡散するし、政治警察になってしまう。いくら情報が欲しくても内閣には警察の人事権がない。そうやって警察は、今も政治的中立を保ち続けている」。「組織としての警察は国家公安委員会制度を設けて政治と距離を置いている。意外に思われるかもしれないが、実は警察は愚直なぐらい政治に近づかない」。「普通は警察官僚が政治に近づいたらバーンと飛ばされる」(「Interview「田中角栄の頼みを断った」警察と政治の微妙な関係」『週刊ダイヤモンド』2016年7月30日号、69頁)。

(中見出し)
内閣情報調査室も政治からの独立を保っていた

警察の政治からの独立は、内閣情報調査室の政治からの独立にもつながる。なぜなら、内閣情報調査室のトップおよび幹部の多くは、警察からの出向者が充てられる。ということは、警察人事が政治から独立している限り、内閣情報調査室も政治から一定の独立を保てる。

このことを裏付けるのは、警察庁キャリア官僚で、1967年から1975年まで内閣情報調査室に勤務した松橋忠光氏の証言である。1984年に出版した著書で、松橋氏は内閣情報調査室の政治との関わりを次のように振り返っている。

つまり、ある時、内閣調査室の室長(警察官僚であろう)が、幹部会議で「特定の候補者の選挙に関する票読みは内調の公務か」という問題を提起し、論争が起きた。この議題は、明らかに内閣情報調査室の室長の「個人のサービス精神から出たもので」、政治からの要請ではなかった。室長がこうした政治向けのサービスのための姿勢を示すと、「内調プロパー組(筆者注:内閣情報調査室によって直接、採用された職員)はサッサと室長の気持に乗って点数を稼ごうと」した。他方、「良識ある警察派遣主幹は抵抗を示」したという。(松橋忠光『わが罪はつねにわが前にあり:期待される新警察庁長官への手紙』2014、インシデンツ、Kindle edition、 第8章 内閣官房内閣調査室、三.富田室長、光明は宮内庁へ、第2パラグラフ)

この松橋氏の著作は、警察を持ち上げたり、弁護するものではない。それどころか、警察組織内の裏金問題をはじめて暴露、告発するものであった。だからこそ、1960~70年代の内閣情報調査室に出向した警察官僚については、選挙の票読みといった政治絡みの仕事に拒否感を示していたという松橋氏の指摘は、信ぴょう性がある。内閣情報調査室長には、あらゆる手づるを伝って出世しようとした「権力亡者」がいたという話もあるから、内閣情報調査室および室長も、個人としては様々な人間がいただろう(志垣・岸前掲書306頁)。他方、組織としては、政治から独立していたと言えるのではないだろうか。

<改頁>
(中見出し)警務局は廃止になり、官房長が人事と会計を独占

問題は、こうした警察組織の政治からの独立が脅かされているということである。かつて存在した二重の遮断装置が、今や崩れはじめている可能性があるからである。

第1に、1994年の警察法改正によって、それまで人事権と会計権限を持っていた警務局が廃止され、人事と会計の権限をも官房長が独占することになった(川邉克朗「政治の道具と化す警察」『世界』2017年9月号、109頁)。

国家公安委員会や政治家と日常的に接触する警察庁の官房長が、直接、警察人事を握ることになったわけである。警察の政治からの独立という観点からすれば、極めて重要なこの改正について、筆者が知りえた限り、当時の国会では活発な論戦は行われていない(http://hourei.ndl.go.jp/SearchSys/viewShingi.do?i=112901022、2019年8月27日アクセス確認)。

辛うじて、自治省出身で自民党選出の参議院議員である久世公堯氏が、参議院の地方行政委員会で次のような意味深な質問を警察官僚たちに投げかけている。紹介しておこう。

久世氏は、次のように問う。この警察法の改正によって、「警務局がなくなりまして官房に、特に大事に関係するものは官房に統合されました」。「警察というものはまさに人による行政であるというところに警務局というものの独立性があったんだろうと思います。これを今度官房に統合されたということについて、そのあたりのところはどうですか。一番この中では古い城内長官、どのように思われるでしょうか」。

質問を受け、当時の警察庁長官である城内康光氏は答える。「私は、前々職が警務局長でございまして、正直申してちょっと寂しい気持ちがいたします」。「また、よその官庁も官房ということでくくっております(・・・)」。

他の省庁では、官房長が人事権を持っているから、警察でもそのようにしたというわけである。後藤田正晴氏のいう、政治と警察を切り離すための「警察法を作った人の知恵」といえる警務局は、国会で議論もなく、あっさりと廃止されてしまったのである。

(中見出し)
国家公安委員会が全員安倍政権に任命されている

次に、第2の遮断装置の国家公安委員会である。まず確認しておくべきは、首相が任命する大臣たる国家公安委員長は、当然、時の首相が任命するのであるから、時の政権の意向に沿おうとするであろう。従って、国家公安委員長が政権の意向と一体化しているのは当然である。

とはいえ、警察庁長官人事を行うのは、国家公安委員の合議である。問題は、現在の国家公安委員の顔ぶれなのである。というのは、2019年8月現在、5人の国家公安委員は、その全員が安倍政権によって任命されている。

となれば、国家公安委員は、安倍氏と政策的志向等が近く、安倍氏を支持している人物が選ばれやすくなるのではあるまいか。もちろん、これは仮説である。国家公安委員の人選について、政治的偏りは、筆者の分かる範囲では見当たらなかった。とはいえ、国家公安委員が安倍氏を潜在的に支持しているという仮説は、成り立つのではなかろうか。

もちろん筆者には、国家公安委員会を貶める気はない。ただ、このような仮説をことさら言い立てるのは、一部で警察組織の政治からの人事上の独立が崩れかけつつあるらしいと言われるようになっているからである。

警察ジャーナリストの時任兼作氏は、匿名の警察キャリア官僚が次のように語ったと報告している。すなわち、「官房長(筆者注:当時は栗生俊一氏)は官邸の威を借りて警察を牛耳っており、“闇長官”と呼ばれている。妙な人事も行われており、警察庁は組織として揺れている」(時任兼作『特権キャリア警察官ー日本を支配する600人の野望』、講談社、2018年、77頁)。

この発言の信ぴょう性は分からない。しかし、現政権によってそのメンバー全員が任命された国家公安委員会の事務全般を取り仕切り、人事権を有し、他の省庁や政権との連絡を担う警察庁官房長が、警察組織内で巨大な権限を持っていたとしても、不思議はないのではないか。

加えて、政権側があえて警察への人事介入をにおわせている発言を繰り返しているという証言も、無視できない。こちらも匿名であるが、ある官邸詰めの記者は、「政権幹部はしきりと警察の人事について話題にしています。最近など、『中村と同期の露木(康浩)も優秀だ。内閣でもずいぶんといろいろとやってもらった。あの二人は、いずれも長官にしないとな』とあからさかまなことを言っていました」と言う(時任前掲書250-251頁)。記者の耳に入るくらいなのだから、政権の意向を知る者は多いだろう。

だからこそ、次のような匿名警察キャリア官僚の嘆きは、真実味を帯びてくる。警察では、いつの間にか人事制度が変わってしまったかのようである。「もはや、警察人事に王道はない」。「このままいくと、出世のコースが見えない」といって嘆く者が圧倒的に多いという(時任前掲書258-259頁)。

その結果、「公正であるべき捜査・公安情報―――企業情報、個人情報などが例外的に漏らされ、特定の者に利益あるいは不利益をもたらすような政治利用が公然化しつつある」と(時任前掲書250頁)。

政権が、警察に実質的に人事権を及ぼせるならば、警察官僚が主力の内閣情報調査室を政治がコントロールすることもできるはずである。本記事の冒頭の事件は、このような背景の下で考える必要があるのだ。

以上の議論が正しければ、警察も内閣情報調査室も、政治に対して自律性を失っている。同時に、官邸で首相や官房長官と直接、接触する「官邸警察派」(今井良『内閣情報調査室-公安警察、公安調査庁との三つ巴の闘い』幻冬舎、2019年、96頁)が影響力を強めているという。警察内部の事情に詳しい官邸の警察は、政治家にとって警察をコントロールする上で、決定的に重要だろうから、これは不思議ではない。そして、現政権下で急速にその影響力を拡大したとされるのが、警察官僚出身が率いる内閣情報調査室であった。

では、警察と内閣情報調査室のような組織の党派政治化が、いかなる結果をもたらすと考えられるか。この点については、次回の記事で分析してみたい。

参考文献


青木理『日本の公安警察』講談社、2000年

今井良『内閣情報調査室-公安警察、公安調査庁との三つ巴の闘い』幻冬舎、2019年

川邉克朗「政治の道具と化す警察」『世界』2017年9月号

後藤田正晴・御厨貴監修『情と理㊤カミソリ後藤田回顧録』、講談社、1998=2006年

志垣民郎【著】・岸俊光【編】『内閣調査室秘録 戦後思想を動かした男』、文藝春秋、2019年

島袋修『封印の公安警察。あなたのそばにスパイがいる』沖縄教育図書、1998年

時任兼作『特権キャリア警察官ー日本を支配する600人の野望』、講談社、2018年

松橋忠光『わが罪はつねにわが前にあり:期待される新警察庁長官への手紙』インシデンツ、Kindle edition、2014


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?