【音楽】 AOU - maishinta |音楽である必要があった|覚書
maishinta 新作 AOU フルバージョン公開しました。
この"AOU"という曲は、来年2月にリリース予定のアルバム”AOU"の表題曲です。
このアルバムは、コロナ禍を含む5年間で、制作してきた楽曲で構成されています。
リリースの覚書
2019年末に、娘の誕生とともに始まった、"子"とともに生きるという新しい世界。そして、すぐにやってきたコロナ禍という地球的な出来事を経て、人間として、音楽家として、ただこの地球に生きる生物として、感じ、そして見てきた世界の風景を、ぎゅっと音楽に閉じ込めた。
それは、願いであり祈りだ。
「音楽である必要があった。」とかつて、maishintaの最初のアルバム"love is"に、Tokyo Recodings 時代の盟友、小袋成彬(Nariaki Obukuro) がライナーノーツに寄せてくれた。
その言葉が、またしても、この新しいアルバム"AOU"についても僕の中でこだまする。
音楽である必要があった。
音楽にしかできないことがある。その意味を、私たちは、どこかで知っているから、人類は、ずっと音楽を紡いできた。
目に見ない音が、空気の振動が、私たちの内部に広がる原初の風景を揺さぶり起こす。
そこは、今ここであり、永遠の広がりを持った、不死の生命のありかだ。
生と死が表裏のように見えるこの世界において、音は二つの世界を繋げ、そして、もともと一つであることを、予感させる。
私たちの内部がその響きに満たされた時、予感は実現し、世界と私は溶け合っていることをただただ、震えとともに体験する。
音楽である必要があった。
AOU、この曲がやってきたのは、コロナ禍がまだ始まったばかりの2020年の夏。
生後6ヶ月の娘を前にギターを弾きながらこの曲を書いた。
突然に、人と物理的に会うことが制限された世界において、私は、こうして目の前に寝転がる娘とこうして、この世界で出会えたことの奇跡に、目が開かれた。
そして、それは同時に、これまでの、人生で出会ってきた全ての人たちへの出会ってきたことの、途方もない計らいへの気づきだった。
時に、傷つけあったり、時に、間違ったり、この世的な意味において、私たちは、出会いや別れを繰り返しているように見えて、その全ては、もっと大きな大きな、存在の計らいによって、見られ体験されている。
私は生まれてくる命に対して、AYAMEという曲を通して、祝福を送った時、自分が生まれてきた時にも、風が、光が、人が、虫が、鳥たちが、この世界が、私を祝福していたことのことを思い出した。その祝福は、つまるところ、私の存在の根底に横たわる生命の歓喜であり、この世界をあらしめる奇跡そのものだ。
音楽は、そこからやってくる。
生命の歓喜として、
大肯定の抱擁として。
このアルバムは、そのようにして編まれた。
私という一人の音楽を起点に、曲たちは、誕生しているが、そこには、これまで私が出会ってきた全ての存在たちと、わずかな交感も全てが、含まれて、響き渡っている。
家族や、友人、あるいは仕事仲間といった、近くにいる人たちもはちろんであるが、幼年時代に、隣町の公園でひとときだけ遊んだ、名前も知らない子、旅先で一度だけ遭遇したハーモニカ吹き、あるいは、飛行場で恋人を見送る時に隣で、ジュースを飲んでいた親子、自分の人生の風景に存在する名を知らないみんな、そして、そこから広がる全宇宙と。
全ては繋がっている。
私たちは、ふとすると、切り離された”個”という幻想に追い込まれそうになる社会を生きているが、たとえ孤独に見えたとしても、心臓を動かす生命の力が、たとえようもない場所から私に注がれているように、私たちは、この世界の脈動させる存在の不思議と一体なのだ。
このアルバムを通して、この一瞬に広がる奇跡を見つめてきた。
響きの中に、旋律の中に、辿々しい歌の中に、躍動するピアノの中に、形にならない、生命の記憶のようなもの、刻み込んだ。
私にとって、これまで33年を生きてきた、全ての思い出であり、その響きは、誰かにとっての、人生の風景と繋がっているメロディーであると確信する。
AOU アルバム 覚書
by Shinta SAKAMOTO
2024/1022 12:16