【随筆#4】喫茶マリーナ

 妻の知り合いのご夫婦が、自分の単身赴任先の近くに住んでいる。こんな偶然あるのか?と言うくらい近所で、果てしないご縁に驚かされる。その日の夜も少し立ち話をして、「もし宝くじが当たったたら、どんな車を買うか?」なんて話をした。この時代、車好きの友人は貴重な存在でしかない。
 今日は朝起きてからずっとカーセンサーを見ていた。自分の好きな車は「軽い、安い、面白い」車だと気付かされた。そんな車を探していたら午前が終わった。昼食と昼寝を挟んで中国語と英語の勉強をした。今日の水泳の練習は夜練で、18時に家を出る。まだ15時だと気づいて絶望した、もう手元にやることは残ってない。どこか外に行って本でも読もう。スマホで近場の喫茶店を検索し、顔を洗って服を着替えて車に乗り込んだ。

 店に入ると先客が4人。60〜70歳代の男女で、全員がカウンターに座り、テーブル席には誰もいない。自分が入店してすぐ、先客の1人が「お兄さんこっちに来なさい」と言い、カウンター席の真ん中に自分を座らせた。「本は読めそうにないな」心の中でそう思った。
 どこから来たのか、仕事は何をしてるかなど質問攻めにあいながらも、なんとかパンケーキセットを注文した。「干し柿サービスね」と女性の店主が出してくれた。「干し柿は苦手なんだけど」と思った。
 近くにある酒蔵のこと、左に座っていた女性が経営する漬物屋さんのこと、店主の行きつけのスナックではコーヒーだけ飲んで帰れること、まだまだ知らないこの地域の魅力をたくさん知ることができた。元気溢れる人生の先輩たちの話を聞いていたら、あんなに暇で耐えられなかった時間が一瞬で去っていった。最後に食べた干し柿は、予想に反して美味しかった。

 自分の人生の脚本家が、自分じゃなくて良かった。「本を読みに行った喫茶店で本を読めなかったこと」「苦手な干し柿がサービスされたこと」自分ではマイナスに感じるようなことが、実際やってみると意外にも楽しく、嬉しく、素晴らしい経験となっていた。
 想像もしていなかったことが人生には起きて、それが豊かさに繋がる。たまたま進学することになった大学で、素晴らしい出会いと思い出が生まれたように、自分の望まなかった道が正解だったと思うことが、今後の人生でもきっとある。
 自分の人生の脚本家を神と捉えれば、とてもしっくり腑に落ちる。神の用意する意外性を享受できるよう、僕は常に柔軟に心を開いておこうと思う。でも時には神の意に反してでも、アドリブをきかせる機転も持っておこう。


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