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短編『ファリピとパリピ』

 ────さて。この大きな図体ずうたいの迷子を、この人間、、をいかに扱ったものか。

 ソファにした青年を見下ろし、俺は腕組みした。座した、といっても彼はソファに体をうずめたり腰を浮かせたり、視線を彷徨さまよわせつつ矢継やつばやに質問を投げてきたりで、まるで落ち着きがない。その質問の内容はというと、具体的にはこんなものだ。

「ねえねえ、ここってVIPルームっすか? これはお金持ちのコスプレパーティー? お兄さんは黒服スーツの狼男コスで遊びにきたの? うへへっ、もしかして俺ってちょーっと酔ってますかね?」

 ふう、と俺は深めに吐息といきした。「順番に答える。ここは階下のフロアを見渡すための空間だ。仮装した者は誰もいない。俺は狼男だがやはり仮装のたぐいはしてないし、ガードマンとして今まさに勤務中だ。そして俺が見るに、間違いなく君は酔っている」

 へええ? しまらぬ音を発して、彼はペットボトルの水をひとくち飲んだ。うーん? とうなってから、十秒考えてもいいすか? と言った。右手側のさく越しにフロアの喧騒けんそうを見下ろし、ほどなく人差し指を向けた。

「んとー。そんじゃ、あそこで踊ってるキメキメなライオンさんもゴージャスなトラさんも、バイレファンキをかけてるDJゴリラさんも、俺をここにエスコートしてくれた紳士なクマさんも、みーんな仮装じゃない?」

「そうだ」エスコートというより連行に近かったはずだが、そうだ。「様子のおかしい奴がふらついている、ということでバーテンの彼女がただちにしらせてくれた」

「わお、女の人だったんだ。ごめんなさい」とろんとした目をぱちくりさせる。「そんで、仮装じゃない……ってことは、まさか…………仮装じゃないってこと?」

 見事な同語反復トートロジー披露ひろうしたかと思うとふらり立ち上がり、「触ってもいっすか?」そう言って返事も待たずに俺の手を取る。しげしげと見つめ、二、三の肉球に触れ、手の甲をでてから、あろうことか鼻を近づける。「うおわー、上品な感触ー。ワイルドだけどセクシーな匂いー。これって香水とかつけてるんすか?」

 ごほん、と空咳からぜきをして彼を座らせた。座卓を挟んだオットマンへと俺も腰掛ける。

「ホンモノかあー」ソファに背を預け、彼はパイプのう天井へと目をやった。「ホンモノってことは…………つまりどゆことだ?」

「ファーリーハウス」両手で尖塔せんとう形を作り、前傾姿勢で俺は言った。「このクラブはそう呼ばれている。月に一度、満月の夜にだけ開かれる霽れハレの場だ。世間には知られていない存在、獣人じゅうじん──普段はヒトの姿で人間社会に生きている者たちが、ここでは半人半獣の姿にシェイプシフトして過ごす。ごくまれに君みたいな奴がうっかり迷い込んでくるが、そういうときに対応するのも俺の仕事のひとつだ」

 咀嚼そしゃくの時間を与えるつもりで俺は沈黙した。
 のだが、彼はほとんど間をおかずに「ふわあ」とつぶらな瞳を輝かせた。

「ジュウジン、ってケモノにヒトって書くんすか? 大都会の東京にはそんな世界が? はーあ、そんじゃちっこい人たち、ウサギの人とかネコの人とかは子供じゃないのかっ。子供がいっぱいいる! クラブなのに!! ってさっきはビックリしちゃったあ。そうかあー、パリピじゃなくてファリピのみなさんなんだあ。毛皮に覆われた人ファーリーピーポー!」

 テンションの高さ、そして飲み込みの早さにされつつも俺はうべなった。

「まあ……そうだな。俗にだが、ここにつどう者をそう呼ぶことは実際にある。ファーリーハウスがあるのは東京だけではないが」
「えっ。でもでも」そこでハッとして彼は柵へと駆け寄った。肩越しに振り返って大声をあげる。「カップルの人! ライオンとトラ、イヌとネコ、ああいうカップルの人はアリなの? だってその、子供はどうなるの?」

 俺は耳の後ろをいた。かつてこういう手順で話したことがあっただろうか、などと考えながらも説明する。「異種間の交際は俺らにとって禁忌タブーではない。ただし、原則的に交雑こうざつは避けられている。交雑で生まれる子供には生殖せいしょく能力がなく、それ自体はさして問題でもないが、重篤じゅうとく疾患しっかんなどを抱えてしまう可能性が極めて高いためだ」
「なるほど、なるほど……?」
「とはいえ、たとえば同じヒョウ属のライオンとトラならば、生殖能力を欠いただけの健康な子が生まれるケースも多いことは判明している。しかし、それでも俺らは交雑をしない。というよりも、そもそも現代の獣人はセックスと生殖を切り離している、、、、、、、、、、、、、、、んだ。同種間でも異種間でもセックスは自由だが、それで子をすことはしない」
「ほえええ……と、いいますと」

 怪しげな足取りでソファに戻った彼を正視せいしし、努めて俺は簡潔に伝える。
「成人以降、俺たちは適宜てきぎ任意で精子や卵子を《バンク》へ提供する。《バンク》では同種の人工授精と、人工子宮での出産が厳密な管理のもとに行われる。そしてカップルは──恋愛関係でないこともあるし、三人以上の組み合わせも珍しくはないが──自身の遺伝子を継がない、、、、、、、、、、、子を引き取って養育する。異種間のカップルの場合、親のひとりと同種の子を育てるかたちになるが、いずれにせよてがわれるのは血縁関係のない子だ。獣人は、君たちでいうところの『育ての親』しか知らずに育つ」

 視線をらし、俺は卓上のグラスに手を伸ばした。いくらか早口になったのは、人間社会で育った者にとって受け入れがたい仕組みであるのを知っているからだ。だいいち、こんな話をするのは本来、セキュリティガードである俺の役目ではない。

 うはああ、と嘆息たんそくした彼がことばを発する前に、だから俺は続けた。「まあ、君の感覚からしたらかなり異様に感じられるだろうが、これは獣人の発生から現在に至るまでの長い歴史において──」そこで、さえぎられた。

「いやいや、違うっす。そのう、俺はゲイなんでそもそも自分の子とか持てないんすよ。代理母だいりぼとか抵抗あるし、女の人だけ出産で苦労するのもなーて感じてたから、人工子宮すげえ! とか思って。そんで、もし子育てするならとーぜん養子派なんで、そのシステムいいなーて思いました。だってだって、血の繋がりとか関係なく、社会の子供としてみんなで大事に育てる感じがあった方が絶対によくないすか?」

 思わぬ反応にきょをつかれた。見れば、彼は依然いぜんとしてアルコールに紅潮こうちょうしているが、その顔つきはいくぶん引き締まっている。

「なるほど」俺はグラスの水でのどしたを湿らせた。「無論、俺らにとって同性愛もまたごくれた形態だ。愛と生殖は切り分けられているし、子育てするうえで適格てきかくであるかいなかに性的指向せいてきしこうは関係ない」

「うわー、いいっすねえー。いやその、普段はヒトの姿で人間社会に……ってのだけはクッソ大変そうだけど、その気持ちもちょーっとだけわかるっす。俺はオープンなゲイだけど、九州から東京に出てくるまでは違ったから」

 言って、階下のフロアへ視線を移す。"Furry people, happy people" という獣人たちの祝曲アンセムがスピーカーを震わせ、場内が一気にきたった。
「そっかあー、このパーティーはありのままの自分を解放する場なんだ。レリゴー的な、パラダイス・ガラージ的な。はあー、めちゃめちゃ素敵な場所っすねえ……」 

 キラキラした目でつぶやく。と、そこで彼ははたと正気づいたように息をんだ。

「…………あれっ? でもでも、世間には知られていない存在? ってことは、ここは人間に知られちゃいけない場所、、、、、、、、、、、、、、────なんすよね?」
「そうだ」
「なのに、迷子の俺は、なんでか丁寧ていねいに獣人さんの説明までしてもらってる?」
「そうだな」
「ってことは────」
 ピンと背筋を伸ばし、おそるおそる彼は言った。
「俺、もしかして。ここでオオカミのお兄さんに処分、、されちゃうとか……?」 

 上目でうかがってくる彼を無言で見据みすえた。さといのにぶいのかいまいちわからない。どうしてこういう順序になってしまったのか、と思わずにいられないが、彼のペースに呑まれて主導権をにぎれなかったからに決まっている。やれやれ、苦い気分になって俺は言う。

「ここに迷い込んだ────迷い込めた、、、、、人間は、その時点でヒトじゃないんだ」
「へええ?」頓狂とんきょうな声をあげて彼は目をしばたたいた。
「エントランスで回転ドアを通っただろう? 酔っ払いの君が覚えているかはさておき、あれはゲノム・スキャナーなんだ。獣人遺伝子を持たない者がはじかれる仕組みで、つまり、通過した君はそれ、、を持っている。記録によれば、君はイヌ混じりだな」

「ほえ?」彼の頭上に特大の疑問符が浮いた。「俺が? …………わんこ?」

「原則的に俺らはセックスと生殖を分離している。が、非獣人、すなわちヒトとの子をもうけてしまう者もときどき現れるんだ。められた行いではないが違法でもないからな。ともあれ君の父親はイヌ獣人だろう。一緒に暮らしていたか?」
「────あ。父ちゃんは俺が四歳の頃に死んだっす。ええっ? イヌジュウジン? それって…………母ちゃんは知ってるの?」
「さてな。だが、知らないケースは少なくない。見たところ二十歳はたちを過ぎている君が何も教えられてないなら、おそらく母親も知らないんだろう」

 さすがの彼もぽかんと口を開け、しばし絶句ぜっくした。「ええと、ええと」と頭の整理をこころみる。「とゆことは、俺は獣人さんとのミックス的な、バイレイシャル的な……あれっ? そんじゃあ俺には生殖能力がないの? 交雑種にはないんすよね?」

「いいや」俺はかぶりを振った。「俺らとヒトとの子供には生殖能力がある。そもそも獣人はヒト混じり、、、、、だからだ。半分が人間。ゆえに君は厳密には交雑種ではない」
「ううっ、こんがらがってきた」彼は頭を抱えた。「まあ、ゲイだから生殖云々うんぬんはいいとして……要するに、俺はイヌのクォーター的な、適切な言い方はわかんないすけど、そういう何かなの? だから走るのが好きで、明るくて素直で人懐ひとなつこいの?」

「ううむ」俺は首の後ろに右手をやった。「そういうことを自称できるタイプがイヌに多いのは事実だな。ただし、これは所謂いわゆるステレオタイプでもあるので──」
「そうだったのーっ!!」言下げんかに先をふうじてくる。「むおー、なるほど感がすごいっす!そかー。だから俺ってこうなんだあ。変身できないだけで、俺の中にはホンモノのわんこがいたんだあ……」

 やはり飲み込みと受け入れが異常に早い。が、同時に彼は早合点はやがてんもしていた。

「いや、それなんだが…………君には変身能力もそなわっている」
「うっそお!!」

 今さら嘘をつくはずないだろう! と言いたいところをこらえて説明した。「本当だ。単に方法を知らないだけで、人、獣人、けもの、三形態のシェイプシフトが君にもできる。おそらく君の父親はどこかの時点で説明と訓練をするつもりだったものと──」
わんこになれる、、、、、、、ってこと!?」
「いいから最後まで聞け!」たまらず俺はひとえした。「獣人の血は薄まりにくい、、、、、、。だから、そうだ。俺がオオカミにもなれるように、君はイヌにもなれる。ゲノム解析によれば──具体的にはアラスカン・マラミュートだと思われる」
「こんなにアジア系の見た目で、宮崎みやざき出身なのに!? 寒いのも苦手っすよ!?」
「それは……ヒトとしての君だからな」まあ、暢気のんきな大型犬なのは何も違和感がないが。
「ええええー? 夢かよ! こんな素敵な夜があっていいのっ!?」

 はあ、とそこで溜息ためいきれたのは、イヌは底抜けに前向きでいいなと感じたからだ。これだけ話がスムーズなのもイヌならではだろうが、それにしたって彼は極端だ。あきれ気味な俺へと質問を連発する。でもでも、したらアレすか? わんこモードの俺はテオブロミンとか有機チオ硫酸化合物とか避けないとダメなの? てか、獣人の科学技術ってどうなってんすか? 独占していい技術なの? ワカンダ王国って知ってます? やっぱヒューマンは警戒しないとヤバい存在ってこと?

「とにかく」手を前に出して俺は制した。「君は野良、、だが、これからは俺らの社会にも正式にぞくしてもらうことになる。俺が理解してほしいのはそれだけで、必要な教育等に関しては役場で登録を済ませたうえで──」
「お兄さんがしてくれるんじゃないの?」

 は? と声がうわずった。してくれる、、、、、、とはつまり、教育をということか?

「──いや。俺は単なるセキュリティだから、基本的には取り次ぐだけだ」
「とはいえ、お友達にはなってくれる説ってあるすか? LINE交換しましょ! どこみっすか? てか、人間のお姿って披露してもらえたりとかは!」

「えええ……?」ついつい体が引けてしまう。「いやその、俺は割と一匹狼ローンウルフタイプで、だからこそこういう仕事にいているというか…………」
「いやいやそう言わずに! ゆーてイヌ科同士で、しかもゲイ同士じゃないすかっ」

 思わず耳がピクリと動いた。「俺がゲイだなんて言ったか?」
「えと、俺が身の上バナシをしてるときの表情でわかったっす」
「────表情、、?」俺は感情が顔に出やすいタイプではないはずで、さっきまで彼はだいぶ酔っていて、もちろん獣人の表情を読んだ経験などないというのに?

「うーん、表情とか匂いとかっ?」彼はへらへらと言った。「"cry wolf" で『嘘をつく』って意味の慣用かんよう表現あるけど、お兄さんは嘘とか苦手なタイプっすよね? だってほら、じっさい俺への興味もまあまあ出てきてるでしょー?」

 天をあおぎ、心の底から俺は思った。ああ、これだからイヌってやつは────!!

 と、かくなるわけで、俺はなかば強引に連絡先を交換させられた。その場で人間形態になるのは断固だんこ拒否したが、結局は後日、喫茶店にてヒトの姿で対面した。「ぐえええ、あんじょうワイルドイケメン!!」と、酔ってなくても彼は大袈裟おおげさで、見えない尻尾しっぽをブンブン振っていて、まあ、別に悪い気こそしないが調子は狂う。

 ────そう、はっきり言ってあれ以来、俺の毎日はかなり、、、調子が狂っている!

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