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夏 第259回 『魅惑の魂』第2巻第2部第102回

 彼には友達ができなかった。十三歳の彼は、朝から午後までは三十人ほど少年がいるクラスにいた。だがかれはクラスのなかでは孤立していた。二年ほど前までの彼は、よく喋り、遊びに興じ、走っては叫び声をあげることが好きだった。だが今は。沈黙に浸りきって、孤独であることを堪えていた。これは、今の彼が友達を必要としていないという意味ではなかった。いや、以前よりもっと必要だったはずだった。そうなのだ! 必要すぎたのだった。そのために求めること多く、与えたいことも多かった。だが周りは、棘だらけの藪だった! 彼の自尊心は、些細なことでも気分を害することがあった。さらには彼自身は、害されることを極端に恐れていた。そしてこの気持ちを周りに隠すことに努めてた。それが彼自身が弱点だと十分に自覚していたからだろう。敵に手がかりを与えないように注意しなければならない。(親しいなかにも必ず敵はいる)。
 彼が自分の誕生と母の過去を掴んだつもりでいた。そういうよりは、想像したといったもので、話の筋道が通らない不条理に満ちていた。それに多くの読書も加わって、自分が「私生児」なのだと確信するまでになっていた。(彼が読んだロマンチックな本では、もっと強い言葉で表現されていた)。 彼はそれを周り対して自分の誇りだと言えるようにする方法を考えていた。彼は古風な話の中に自分を託していた。それは高貴な気性に野性の匂い持った気妙な取り合わせでもあった。彼は自分のことを他とは違って、興味深いが孤独な人間で、ある因縁を持つ重要な人物であると、思うこととにした。自分のことを、シラーやシェイクスピアが生み出したものに似たもの、悪魔の私生児に見立てることで、一人で悦にいっていたのでないか。そこには劇的な言葉も添えられて、彼は世間を軽蔑する糸口を与えられたかのようにさえ思われたかもしれない。

つづく

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