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夏 第335回 『魅惑の魂』第2巻第3部第55回

 ノエミに対しアネットが見せた姿が、それを明かすことになった。
 アネットが街の通りを歩いているときだった。二十歩ほど離れた先からノエミがやってくるのが見えた。ノエミは彼女に気づかず、ぼんやりした目をしてうつむきかげんに歩いていた。美しい顔が青白く心配そうしていて老けてさえ観えた。このとき彼女は自分自身に対して、さらには周囲の何も観察はしていなかった。何日もの間に押し寄せる怒りから、固定観念の石臼を偏執狂のように挽いているような姿を晒していた。それにはアネットが衝撃を受けてしまった。相手に気づかれずに通り過ぎるか、引き返すこともできたはずだった。彼女は慌てて急ぎ歩道から離れて通りの向こうに渡っていった。通行人の流れを断ち切るこの動きが、ノエミの眼を自然に捉えることとなった。彼女はアネットが自分を避けようとしていると気づいた。そして彼女を目で追っていると、反対の歩道から彼女がノエミそっと視線を投げながらも、顔を背けていることが解った。まばゆい光が煌めいた… そうだったのか、彼女だったのか!…
 彼女は息が止まりそうだった。立ち止まって、手のひらに爪を立て、歯を食いしばり、今にも飛びかかりそうに丸まった猫のように毛を逆立てた。その眼には殺気が映っていた。通行人たちのが視線を見ながら、彼女は自分が嘘の世界に、人々が嘘をつく世界にいること知った。そして一度、そこから抜け出していたのだと、思い起こすのだった。彼女は今もそこに戻った。しかし十歩ほど歩いた彼女は冷酷に笑っていた。彼女は探していた敵をとららえたのだ…

つづく

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