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夏 第257回 『魅惑の魂』第2巻第2部第100回

 彼はどうやって父のことを知り考えるようになったのだろうか? 学校での話の最中に、自分の姓が母親のものであることを考えさせられることがあった。まだ幼かったころに聴こえていたことがあった。それはシルヴィの仕事場の片隅で遊んでいたころのこと… そのときには解らないことだったが、いま振り返ると、それが鮮明になってきた。それはシルヴィの姉に対する言葉だった… 母親が何か秘密を持っている。彼にとっては不鮮明なものだったが、何かが彼を魅了していた。捉えることも不可能なものだが、若さに潜む犬の臭覚に似たものが、自分の生誕の謎を嗅ぎとろうとしていたのではなかったか… いつしか彼は、自分の生誕の物語を構築しはじめていた。だが一つひとつ部分どうしを重ね合わせるのは無理だった。それでも彼は自分の生誕の謎を探ることに、興味をそそられていた。どうしたらわかるのだろうか?… 母を傷つけたあの返事は、彼が彼女にかけた罠でもあった… そのとき彼の中で、何が起こっていたのか、自分が知らなかったことに対する好奇心と憤りも入り混じってはいただろうが。マルクは、母のことを実際には誇りにさえ思っていた。だから彼が知らない過去に、母が不可抗力の過ちを犯したのでないかと疑った。彼はそれについて、シルヴィに聞きただすことはしなかった。それは彼が抱く誇りが許さなかった。しかしマルクは混乱もしていた。母がこの重大な秘密を、自分に隠していることに対し、彼女に対して怒るだけの権利があるとも考えていた。この秘密は彼女と彼の間に未知の男が居るような、そんな想像も創りはじめていた。

つづく

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