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藤井聡太五冠と森林限界


将棋史上最強の棋士。そのことにもう疑問の余地なしか。将棋の王将戦七番勝負で挑戦者藤井聡太竜王(四冠)が渡辺明王将(三冠)を4勝0敗のストレートで下し、五冠目を獲得した。

挑戦者3連勝で迎えた第四局は1日目の途中まで両者が昨年7月の棋聖戦五番勝負第三局と36手目まで全く同じ順で進み、37手目8八銀と渡辺が指し手を変えたところで新たな戦いに。将棋プレミアム解説の中村太地七段「これが研究ですね。間違いなく。」

普段から現在最強と言われるDL系ソフトを使い将棋の研究をしている両者である。その序盤研究の深さはあまり時間を使うことなくどんどんと手が進むことから容易に想像がつく。

しかし中盤に入るとわずかに先手渡辺の研究が上回る。63手目銀取りを放置して7四歩と打ち込んだ一手はさすがの藤井も読みにない、指されてなるほどの好手であった。やや不利と見たか藤井が66手目6五歩と突いたところでわずかに形勢が渡辺に傾き、同時に渡辺も研究から外れて長考に沈む。そして71手目渡辺が2二歩と垂らした所で1日目が終了した。

2日目は藤井の封じ手7六歩から始まった。この銀取りに対して自然に8八銀と逃げた渡辺の75手目が、結果的にはこの将棋の敗着となったのだが、悪手と言うにはあまりにも普通の一手であったため渡辺自身はこれが敗着ということに終局後の感想戦の冒頭で藤井から指摘されるまで全く気づいていない。

さらに次の76手目4四銀がと金攻めをいなして金の逃げ道を作る絶品の一着で、解説の深浦康市九段も大ベテランが指すような柔らかい一手だと絶賛する。

ここからわずかな緩手をとがめて徐々に形勢を良くしていく藤井曲線と言われるいつもの勝ちパターンに入り、終局まで渡辺にチャンスすら与えない危なげない完勝だった。

「いつも感想戦がエグい」藤井とのタイトル戦で連続ストレート負けを喫した渡辺の局後の言葉である。自分が気付かぬ勝負の分岐点をサラッと指摘され、その後の難解な変化を全部読み切られていたと知った渡辺の心境やいかに。そしてあの渡辺がこんな負け方をするのを見た全棋士が改めてこの19歳の超天才棋士が手の届かない別次元に突き抜けた存在になったことを悟ったことだろう。

これでタイトル戦通算25勝4敗の勝率 .862で、2日制に限ると16勝1敗の勝率 .941となった。来年の全八冠制覇もいよいよ現実味を帯びてきたわけだが、あまりにも強すぎてその後もモチベーションが維持できるのかが心配なくらいである。将棋界にとっても藤井にとってもこれからしのぎを削る好敵手の出現が切望される。

王将獲得から一夜明けてのインタビューで山登りにたとえると自身が何合目にいるかを問われ「どこが頂上なのか全く見えない。森林限界の手前で上の方にはいけていないのかな」と答えた19歳が今後どんな頂上に到達するのか、今は誰にも想像がつかない。



















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