自然体験は「後回り」で

大学生の人たちと話す機会が。「子どもたちが自然体験をする際に気をつけたほうがよいことってありますか?」と質問。私は「先回りしないこと」と答えた。
大人は、子どもたちに自然体験をさせよう!とはりきると、あれもこれもとなって、子どもの先回りをしてしまうことがある。けれど。

子どもが小さいころから10年もボーイスカウトを続けている、という親子。しかしびっくりするくらい自然に関心がない。海に連れて行ったら「何にもない!ゲームセンターは?コンビニは?」とその子どもは言う。そんなものはない、海で遊べ、と言ったらガックリ肩を落とし、持参の携帯ゲームで遊んだ。

父親は車からイスだ机だを取り出し、テレビをつけ、なんと冷蔵庫からビールを取り出し、飲みだした。まるで家の環境そのまま、海は借景でしかない。そこで父親は、いかに子どもを自然の中に連れ出したか、という自慢話が始まった。しかし。

どうやら、キャンプ地に着いて早く一杯ひっかけたいため、子どもが途中の花や生き物に興味を持ち、足を止めようとしても「そりゃ山の中ならあるさ、さあ行こう」「川にはカニだっているのは当たり前だよ、さあ行こう」とせかしてばかりだったらしい。キャンプ地に着いたら、子どもには漫画とゲーム。

そんなことを繰り返しているうち、子どもは周りに自然があるにもかかわらず、関心を持たなくなってしまった。道端の石ころが、視界に入っていても気づかず、「見えない」ように、「路傍の石」化してしまう。

自然体験には、大人の先回りが最も有害。子どもが興味を持ち、「ねえ、見て見て!」と言ってきたら、どれどれ、と、後から入ってきて、一緒に驚く、という形が適当。「先回り」ではなく「後回り」くらいがちょうどよい。

子どもは新しいものを目にしたとき、放っておいても様々な角度から観察し、試行錯誤する。赤ちゃんが、新しい何かを手にしたとき、たたいたり、地面にたたきつけたり、投げたり、かじったり、味わったりするように。そうして五感を通じて「それ」を知り尽くそうとする。

子どもが「なんだろう、これ?」と感じた違和感、驚きを、邪魔しない。子どもが五感を通じて感じようとしているその時に、「さあここはもういいでしょ、次に行こう!」とすると、体験を十分堪能できない。

逆に、「堪能させよう」と大人がするのもよくない。「この花をよく観察させよう」という大人の思枠を、子どもは嫌がる。次から次へと新しいものに飛びついていく。それでよい。関心が次々移って構わない。やがて、これは面白い!というのに出会うと凝り出す。ほっとけばよい。

大人は「後回り」して、子どもが「ねえ、こっち来て!」「ねえ、見て見て!」と言ってきたら、「なになに?」と言って近づき、「おお、面白いもの見つけたねえ!」「あ、こりゃきれいだねえ!」と一緒に驚いてやればそれでよし。子どもは次々に強い関心を持っていろんなものを観察する。

自然体験で大切なのは、先回りしないこと。子どもが五感で感じていることの邪魔をしないこと、子どもが共感してほしくて「ねえ!来て来て!」と呼んだら、なになに?と言って近づき、一緒に驚けばよい。「後回り」が大切だと思う。

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