「反省」するのは大切な人がいるから

「しょせん他人事ですから」って漫画で、子どもがしでかしたことに親子で謝りに行くシーンがある。けれど子どもは芯からは反省しておらず、親にも真実を告げておらず、のらりくらりな態度。被害者は許せないと激昂。事態の深刻さにようやく気がついた父親が土下座し、「申し訳ありませんでした!」

事態が飲み込めず、どこかキョトンとした息子。父親と一緒に風呂に入り、父親がみっともなく土下座してる様子を思い出し。そこまでしてくれた父親が「同じ失敗を繰り返す本当のバカにだけはなるなよ」とだけ息子に笑顔で。そこで初めて、なんてことをしたんだと強く後悔の念が襲い、「ごめんなさい」。

「反省させると犯罪者になります」という本がある。ふつう、悪いことをしたり人に迷惑をかけたら謝罪させ、反省させようとする。ところが反省(心から悔い、被害者に済まないという思いを抱くこと)というのは、どうも人間心理としてはそれでは起きにくいらしい。被害者が他人であればなおさら。

反省というのは、大好きな人に迷惑をかけてしまった、という感情なのかもしれない。大好きな人にあんなことをさせたくなかった、なのに自分がその事態を招いてしまった、そのことへの激しい後悔が「反省」なのだとしたら、見知らぬ他人に「反省」することは、無理な要求なのかもしれない。

「北村透谷撰集」に「心機妙変を論ず」という論説が。それに登場する坊主はとんでもないワルで、殺人もする、女性を襲う、物を盗む、人を傷つけるなど、およそ犯罪という犯罪を平気でやってしまう人物だった。しかし非常に賢い人物でもあり、それらの行為が世間で「悪」とされていることは承知。

でも反省を求められてもなんのこと?と笑って意に介さない。それで悲しむ人間がいると聞いても平気の平左。天涯孤独な彼には、世間の人たちがなぜあれこれ言ってるのか、リクツでは理解していたけど肝腎な感情の面で全く理解できなかった。

ところが彼に「心機妙変」が訪れる。大切にしたい人ができ、その人を悲しませたくないと思うようになったとき、自分のしでかしたことの重大さに愕然とする。そこで初めて「反省」する感情が誕生したのだろう。

そう考えていくと、反省とは、自分の大切に思う人を悲しませたくない、そんなことをさせたくないと思っていたのにそれをさせてしまった、という時に発生する感情なのかもしれない。もしそうだとすると、「大切に思う人」がいない場合、反省することはかなり難しくなるのかも。

子どもが何かしでかしたとき、「一緒に謝りに行こう」と言って、親が謝るのは、そうした意味で「反省」の気持ちが生まれやすいチャンスなのかもしれない。もちろん、それには親が子どもにとって「大切な人」であることが必要なのだけど。

「家栽の人」では、子どものしでかしたことに腹を立てた父親が、裁判官の目の前で息子を殴り、その上で土下座し、「これからは私がしっかり指導します!どうか寛大なご処置を!」と頭を下げた。構図としては冒頭の話に似てる。しかし桑田判事は「何か勘違いしていませんか?」と冷たい声。

桑田判事は、父親の支配にうんざりした息子が、父親に迷惑をかけるために、父親の「世間体のよい面の皮」を汚すために犯罪を行っていたことを見抜いていた。だから父親が土下座してもそれは子どもに響かないことも見抜いていた。子どもにとって父親が「大切な人」でないことにこそ問題がある、と。

子どもは父親の作品ではない。粘土細工ではない。子どもが親の拘束に窒息しそうになって、その拘束を破壊するために犯罪行為を繰り返す少年が「家栽の人」には数多く描かれる。子どもにとって「大切な人」になれていない親が意外にもいる。それも教育熱心な親に。

成績もよく教師からも覚えのめでたい優等生が売春を繰り返していた。家裁で質問されても「お金が欲しかったからでーす!」と反省の色が見えない。しかし家は裕福、お金の問題とは思えない。家族の仲も悪くない。何が原因か分からなくて困っていた調査員。桑田判事は家を訪問するよう勧めた。

すると、「妙に清潔過ぎる家」だと気がついた。問題の少女の弟が「お姉ちゃんは汚れちゃったとお母さんが言ってる」と口にした。そこから糸口を見つけた調査員。少女が初めて生理になったとき、母親が「すぐにトイレに行って!床が汚れるでしょ!」と言ったのがきっかけだったことが判明。

自分を娘ではなく、家を汚す汚いものとして扱った母親への復讐。そんなに汚い私ならとことん汚してやろうじゃないの、という自暴自棄。そこから売春に走ったらしい。
桑田判事は、子どもは親の価値観に従わせるだけの「モノ」ではない、と母親に強い言葉。その言葉に震える母親。

震える母親を見て、自分を子どもとして見ようとしている、そして「どうしよう」と動揺している。その様子を見た娘はようやく反省の気持ちが現れた。

「家栽の人」を見ると、子どもにとって「大切な人」、この人にこんなことをさせたくない、と思うような人がいるかどうかが、非行に走るか否かの大きな分岐点になることを痛感する。この漫画、内容が古びてないのでぜひ復刊されると良いなと思う。

反省とは、自分の大切な人にこんなことさせたくなかった、という気持ちとして立ち現れるもの、と考えた方がよいように思う。ならば、犯罪を未然に防ぐにはどうしたらよいか。私達一人一人が問われることになりそう。

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