農家への補助金のあり方

農業への補助の在り方について、東大教授の鈴木宣弘氏と、キャノングローバル戦略研究所の山下一仁氏のお二人は見解が真っ二つに割れている。前者は所得補償をして農家を助けよう、後者は競争で勝ち抜ける強い農家だけ生き残ればよい、という考えで、補助なしの考え方。意見が対立している。

お二人の考えを参考に、補助のあり方というのを言語化してみたい。
欧米では、農家の所得が減ってしまったときはそれを補助金で埋め合わせる「所得補償」というのが行われている。これのメリットは、農作物がどれだけ安くなっても農家の収入が保証されること。

穀物が大豊作で、価格が暴落したとしても、政府が足りない分の収入を補ってくれる。農家は、収入減を恐れることなく大量に穀物を作ればよいことになる。つまり、農家の収入と、穀物の市場価格には何の関係もないことになる。「デカップリング」(分離)というやつだ。

かたや、日本は農家への所得補償がろくにない。このため、市場価格が下落すると農家は生活が苦しくなる。市場価格が上がると、その作物を生産できている農家は儲かるが、市場価格が上がるときというのは大概、どこかの産地が被害を受けて作れないとき。つまり、損をしている農家がいる状態。

日本でも所得補償が行われれば、たとえコメの価格が暴落したとしても、農家は一定以上の所得をもらえる安心感があるから、平気になる。コメをたくさん作ってどんどんコメ価格が暴落してもらっても構わない、ということになる。日本でも、農家の収入と市場価格のデカップリングが可能になる。

では、日本で所得補償を実施できるかというと、厳しい。日本は、担い手農家などに農地がどんどん集まりつつあるとはいえ、欧米と比べればまだ農地が狭い。零細。このため、売上額も大したことがない。こうした農家の所得補償を行おうとすると、市場価格が暴落した時、補助額が莫大になる。

欧米の場合、1軒の農家が1000haを耕していたりする(日本は平均2.19ha)。これだけ広大な面積で穀物を作ると、どれだけ穀物価格が暴落してもそこそこの金額の売り上げになる。農家の数も国全体で言うと少ないから、所得補償額も小さくて済む。

でも、日本は欧米と比べるとまだ農家の数が多いし、1軒当たりの面積も狭い。だから農家1軒の売り上げも小さい。売り上げの小さい農家がたくさんいるということは、所得補償をして皆さん生活できるようにしようとすると、莫大な補助金額になる。これではなかなか大変。

だから所得補償を実施するには、もっと農家の数が減ってもらわないと、ということになる。山下氏の狙いは、ここにあるのだと思う。欧米に対抗できるだけの面積を誇る大規模農業を育てるためには、農家の数はもっと減ってもらわなければ、ということなのだろう。

では農家の数が減れば所得補償を実施できるのか、というと、私は難しい気がしている。なぜか。二つくらい理由を思いつく。
一つは、「欧米は平らだけど、日本は山」。イギリスは、国土の70%は農地。日本はわずか13%なのに。なんでこんなに違うかというと、イギリスは平らで、日本は山が多いから。

平らだと、1枚の田んぼや畑を何十haにすることができる。すると、大型機械で耕すことが簡単になる。少ない人数で広大な農地を耕し、農作物を育てることができる。でも山が多いと、1枚の田畑が小さい。大型機械を持て余すほど狭い。畔に機械を上げて、また田んぼに下ろして…面倒でやってられない。

日本は山がちな地形なため、1枚の田畑が狭く、ちょこまか耕さなければならないから、手間暇人手がかかる。大規模化が難しい。北海道や新潟のように平らなところは別として、大規模化は日本では難しい場所がたくさんある。しかも農耕地の4割は、山がちな地形(中山間地)。人手がかかる。

中山間地での栽培を諦めて、残り6割の平らな場所でだけ農耕を続けるとしたら、欧米と戦えるだろうか。残念ながら、難しいと思う。日本にしたら平らかもしれないけれど、それでも欧米と比べればさほど平らじゃない。しかも平らな場所も大した面積がない(275万ha)。イギリスは農地面積1700万haなのに。

中山間地の農業をやめた場合、恐らく都会も、シカやイノシシ、クマ、サルなどの獣害を受けるようになると思う。現在は中山間地の農村が「緩衝地帯」になって都会への侵入を阻んでくれているけれど、中山間地で農業がなくなり、人が済まなくなり、森林になれば、いきなり平野部に獣が現れるだろう。

平らなところだけで栽培しても、結局欧米ほどには平らじゃないから、大規模化しても欧米に匹敵するような規模の農家は、ごく限られた地域にしか発達できないように思う。だとすると、平場を耕すだけでも農家の数は思うように減らせず、所得補償をするには、政府の財政負担がきつくなるように思う。

もう一つの理由は、日本に元気がないこと。欧米先進国が農家に所得補償ができるのは、非農業の産業が元気だから。非農業の稼ぎの一部を農家に所得補償として回している格好。こんなマネ、途上国にはできない。非農業の産業が育っていないから。

日本は、非農業の産業、たとえば家電や半導体などの販売力が低下し、自動車くらいしか元気がなくなっている。農家に所得補償したくても、非農業の稼ぎがなければできない。日本は、欧米のように十分な所得補償ができない恐れがある。

山下氏はどうやら、欧米型の所得補償にさえ後ろ向きなようで、「政府から補助金を一切もらわないで頑張れ」と、欧米よりもさらに厳しい条件を農家に求めている感じが濃厚。で、果たしてこれでやっていけるかというと、やってける農家はいると思うけれど、全体としては壊滅的になるように思う。

欧米は戦略的に、農家に所得補償することで食糧生産を安定化させている。農家は収入の不安を持たずに食糧生産でき、それによって世界市場で戦えるほど農産物が安くなっても農家は困らない。それは、所得補償があるから。でも、所得補償がなければさすがに欧米の農家も立ち行かない。

その点に山下氏は口をつぐんで、政府から補助をもらわない農家は立派だ、と称賛している。確かにその農家は素晴らしいし、よく頑張っておられると思う。ただ、農家と、農業と、食料は一緒にできない。一部の農家が頑張っても農業と食料がダメになるなら、それは農業行政の敗北になる。

他方、鈴木氏の「農家を守る」ことが農業と食料を守ることにつながるか、というと、必ずしもそうではない。農家をみんな助けてもうまくいかないし、頑張る農家を基準にして他の農家を全部見捨てるのもうまくいかない。どちらも両極端に思える。

思いつきのアイディアでしかないけど、農家に「Jリーグ」を作るのも一つかもしれない。国から補助をほとんどもらわずに済ませている農家をJ1、補助額が一定程度の農家はJ2、新規就農者など、収入がほぼ補助によっている農家はJ3。そうしたランク付けをして、所得補償したらどうだろう?

補助をもらわないで済んでいるJ1農家はことあるごとに賞賛され、表彰され、インタビューを受ける。そうした「構造」を作れば、J2の農家は、いずれはJ1に昇格したい、と願うようになるのではないだろうか。

J3の農家は、10年経ってもJ2昇格のめどが立たないようなら、農業以外の職業に転職することをあっせんする。そして農業を希望する新規就農者に農地と設備を譲らせる。
こうすると、農業は「選ばれし者だけが続けられる栄光の職業」になるのではないか。

このJリーグのランク付けでは、年金生活で農産物が売れなくても平気な人も、年金を補助金の一種としてとらえるなど、そうした支えのない農家と公平にランク付けできるようにする。そうすることで、有利不利が生まれないように配慮する。

自然災害などによる被害には、J1農家にも所得補償を行うこととして、「平時には」補助金をもらわずに生きていけるかどうかを基準にしてはどうだろう。
この思いつきのアイディアに穴があったら指摘していただきたい。修正すべき点があったり、補填すべき点があったらお願いしたい。

私は、欧米の「いくら穀物が暴落しても構わない」式の農業生産も、問題ありと考えている。アフリカなどの貧しい国々の穀物生産を破壊する「ダンピング」にあたるからだ。

アメリカなどが作る穀物は、アフリカの貧農でさえ太刀打ちできないほど安い。なにせ、アメリカの平均的な農地(とても広大)を持つ農家が、所得補償がなければ4人家族さえ養えないほどの安い穀物。そんな安い穀物が運ばれてくると、アフリカの農家は穀物を作っても割に合わなくなる。

で、穀物生産を諦めて、コーヒーなど「腹の膨れない」商品作物を育てているプランテーションで賃仕事をするように。そしてコーヒー価格が暴落すると、その賃金では「世界一安い」はずの穀物も買えず、飢えてしまう。アフリカの貧困は、欧米の安すぎる穀物が一つの原因。

そう考えると、先進国が農家に所得補償することで穀物を安く売るというのは、途上国に実に迷惑な政策になっていると言える。途上国の穀物生産を破壊し、しかも欧米人が経営するコーヒー園やカカオ園で安い労働力として働かせるメカニズムの原因になっているのだから。

そう考えると、日本の「価格支持」という政策も悪いものではない、という気がしてくる。山下氏は、海外からくる穀物に高い関税をかけることで、コメなどの穀物価格を高く維持する「価格支持」という政策を厳しく批判している。でも、欧米の「価格破壊」という政策もどうなのだろう?という気がする。

アフリカも日本と同様、アメリカなどから流れ込んでくる小麦などの穀物に高い関税をかけ、国内で生産する穀物と同じ価格くらいで輸入する体制をとれば、アフリカでも穀物生産をよみがえらせることは可能だろう。むしろ日本のやり方を世界に輸出してもよいのかもしれない。

日本がもし、山下氏の言うように関税を撤廃し、アメリカの穀物が自由に入ってくるようになったとしたら、どうなるだろう?コロナ前の小麦にかけられる関税は200%だったという。ということは、日本国内に入ってくるときには、小麦の値段は3倍になっていた、ということになる。これは逆に言えば。

関税を撤廃すれば、小麦の価格は3分の1になるということ。すると、菓子パンがいま120円で売られているとしたら、それが3分の1の40円になるとは言わないまでも(パン屋さんの人件費もあるから)、半額くらいにはなるだろう。すると、コメを食べる日本人はいなくなってしまうかもしれない。

小麦に対抗できるほど安いコメを作らねばならないが、そうなると、北海道や新潟など、平野が広くて大規模農業が可能なところでも、儲けを出すのは厳しくなるくらいにコメの価格が下落するだろう。農家が急激に減り、所得補償もできるくらい人数が減るかもしれないが、その分、コメの生産量も減るかも。

この辺は、いちどシミュレートしたほうがよいように思う。「もし関税がなくなったら」どうなるか。山下氏は楽観視しているが、シミュレートはしていない。農林水産省もしていない。私は、あまり楽観視できる状況ではないのでは、と感じている。

まとめると、
・所得補償できるくらいに農家の数を減らすと、耕せる農地も減ってしまい、食料生産は低下する
・日本は平地でも大して平らではないので、大規模化には限界がある
・日本は欧米よりも所得補償額が膨れ上がる恐れがある
・関税をなくせば、日本の穀物生産は壊滅的打撃を受ける恐れがある

これだけの問題を抱えていながら、打てる手は限られている。日本に元気が失われつつあるから。非農業が元気を失い、農業を支えるだけの稼ぎができないなら、農業も衰退せざるを得ない。打てる手の少ない中で、手を打たなければならない。

山下氏の、補助なしで農家は頑張れ、というのは、欧米の農家が所得補償という補助を受けている中では競争条件が不公正過ぎて、ちょっと極論のように思う。さりとて、鈴木氏の「補助を」というのも、ない袖振れない、という問題がある。

以上のような現状を踏まえた上で、どんな手が打てるか。正直、私も頭を抱えている。みなさんのお知恵を拝借できれば幸い。

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