なぜ母親は「最高のサービス」を提供しようと頑張ってしまうのか

なぜ母親は、子どもに最高のサービスを提供しようと頑張りがちなのか、YouMeさんが仮説を語ってくれた。三時間ごとの授乳で極端な睡眠欠乏に陥ってフラフラになり、生まれる前はこうしよう、と思ってた通りに行かず、悔いと自責の念が強かったという。その悔いが原動力になっているのでは、と。

山崎豊子「大地の子」で、中国人の義父は一度、子どもだった主人公を捨てている。しかし自責と悔いにさいなまれ、主人公を育てる決意を固める。以後、その時の己の行為を悔い改めるかのごとく、主人公が困難に見舞われるたび、我が身を顧みようとせず、粉骨砕身で主人公を守ろうとする。

モンゴメリ「赤毛のアン」。アンはマシューやマリラから捨てられかけた。マシューは、アンを引き渡そうと出かけるマリラに何も言えなかった。幸いマリラの気が変わり、一緒に住むことになったとき、マシューは、はっきり止めようとしなかった自分を責めたのだろう。以後、アンの絶対的な味方になった。

母親が「この子のためにできるだけのことをしてやろう」と覚悟を決めるのは、ある種の「悔い」がきっかけになっているのでは、というのがYouMeさんの仮説。なるほど。
もっとあの時こうしてやれたら、ああしてやれたら、という悔いが、原動力になるのかもしれない。

私にも覚えがある。塾を主宰していたとき、ただがむしゃらになってやっていただけで、今から考えると「あの時、もう少し方法はなかったのだろうか」という悔いがたくさんある。ずっと「どうすればよかったか」を考え続けてきた。

今も機会があれば不登校などの相談に乗るようにしているのは、その時の悔いが原動力になっていることは否めない。悔いというのは、ある種の原動力になるように思う。

ただ私の場合、塾を主宰していたときの失敗や、たまたまうまくいったケースを分析した結果、「構い過ぎるとよくない」ということに気がついた。以後、子どもの能動感を最大化するため、必要な手助けを除き、なるべく本人が能動的に動ける余地を残すように努めるようになった。

YouMeさんとは、子どもが生まれる前から子育て観について話し合った。YouMeさんも過干渉にならないようにしたい方だったので、意見が一致した。
それでもしばしば、自分の罪滅ぼしの感情を優先したくなることがあったという。そのつど、子どものためになるかどうか、立ち止まって考えた。

それでも、三時間おき授乳による睡眠欠乏は非常にきつくて、冷静な判断力を保つことが非常に難しい、という。新生児から首が座り始めるまでの期間は肉体的にも精神的にも非常につらい時期。
睡眠、本当に大切。

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