極端な円安と穀物輸入の困難

現在、日本の農政はコメ偏重のこれまでの方針から大転換しようとしている。コメ以外の農作物に重心を置き、コメに注いできた力を少しずつ減らそうとしている。しかし今このときになって、コメへに回帰せざるを得ない事態がやってくるのではないか、と私は懸念している。その原因は、円安。

これまでの「農業経営者」などの努力により、コメ偏重の政策には批判が強くなってきて、農水省もそれを無視できなくなってきた。ついに農水省はコメを保護するような政策をとりづらくなり、他の作物に力点を移す政策をとり始めた。この政策転換にはこれまで、一定の合理性があった。円高だったからだ。

円高であれば、小麦などの穀物を安く海外から輸入できる。コメは小麦と同じように穀物。円高の時代には、コメは小麦に価格で太刀打ちできなかった。小麦には高い関税をかけられた上で国内で販売されているのだけど、それでも小麦は安く、人気は高まる一方。それでいてコメの消費は減る一方。

この状況がもう何十年も続いており、そのなかでコメばかり優遇するのはおかしい!と声が上がるのも無理はなかった。コメにゲタをはかせて甘やかすからコメの生産性が悪くなるのだ、他の作物と同じように競争にさらせばいい、という意見が大勢を占めるようになってきた。

その世論の流れに農水省も抗することはできず、ついにコメ偏重の政策を改めようとしている。しかし、これらの政策転換は、円高を暗黙の前提としていることを忘れてはいけない。円高だったから、海外から穀物を安く買えた。しかし円安が進めば話は違ってくる。

高橋洋一氏が「円安で1ドル300円になっても日本は大丈夫」と発言して話題となっている。日本は大丈夫かどうかはさておき、高橋氏がこうした発言をすることの意味を考えると興味深い。高橋氏は窃盗の疑いで社会的に葬り去られかけた事件以降、政府の「アドバルーン」的発言が目立つようになった。

高橋氏がアドバルーンを上げて、世間に議論を喚起する。政策担当者はその反応を見て、政策をどのあたりに落とし込むかを考えているフシがある。高橋氏の発言をマスコミがある程度大きくとりあげるのは、世間の反応を見るアドバルーンとして高橋氏を利用しているからと私は見ている。

だとすると、場合によっては円安が300円にまで進行することも政策担当者は頭に入れているということだろう。もし1ドル300円でも構わんじゃないか、という意見がそこそこ大勢を占めるようなら、「国民の皆さんもそう言ってたじゃないか」と言質を取ったつもりで、そこに誘導するつもりかも。

しかし、1ドル300円といえば、かつての3倍に円安が進むことを意味する。これは、海外から輸入する小麦価格が3倍に跳ね上がるということも意味する。今、小麦にかけている関税(正確には表現が異なる)を全部免除したとしても、小麦価格は国民にとってかなり高く感じられるものになるかも。

それに、そうなれば貿易赤字はさらに巨額になるだろう。日本は小麦をいつまで海外から輸入できるだろうか?外貨はいつまでもつだろうか?という事態になりかねない。そうなってくると、コメに割安感が出て、需要が再びコメにシフトしてくる可能性がある。

しかしコメ偏重と批判され、コメを保護する政策がどんどん打ち切られようとしている現在。コメが見直されようという未来には、コメを生産する基盤は大幅に壊れてしまっているかもしれない。コメ偏重の政策を改めたとたん、コメが必要になるかもしれない皮肉。

繰り返すが、政府のアドバルーンと化している高橋氏の発言は、あまり軽く考えるべきではない。高橋氏は以前、NHK教育(Eテレ)なんかいらないだろう、と発言し、バッシングされて政府の役職から退く事態になったことがある。しかしこれもアドバルーンだったろう、という声がある。

NHK教育は、NHK総合では作れなくなった、歯に衣着せぬ番組をたくさん作るようになっていた。どうやら当時の政府はそれを苦々しく思っていたようであり、NHK教育を潰す動きを見せて揺さぶりをかけようとしたらしい。高橋氏の発言は、そのアドバルーンだった、と見る人もいる。

しかし思いの外、NHK教育を支持する声が圧倒的で、特に子を持つ母親から絶賛されていることを知り、政府もNHK教育潰しをいったん諦めた模様。高橋氏は、いい面の皮になってしまった。しかしこの事件は、高橋氏がアドバルーンを上げる役まわりであることを、強く示唆するものでもあった。

ならば、高橋氏が1ドル300円と発言したことは、安易に考えられる話ではない。そうなる可能性があることを、政府首脳は感じており、世間の反応をアドバルーンによって観測しようとしたのだろう。
しかし円安がそこまで進行したとき、食料の6割を海外に依存する日本は、かなり厳しい立場となる。

コメは作られなくなってるわ、海外から輸入する食料は高いわ、貿易赤字が巨額になって外貨が減り、輸入し続けることも困難になるわ、という多重の苦しみを味わうことになりかねない。しかも日本は少子高齢化でモノ作りの力が弱まっており、海外に売って稼ぐ力も失い始めている。

すべてが悪いタイミングで襲いかかってくる恐れがある。高橋氏の上げたアドバルーンには、そうした危険サインも含まれている可能性がある。場合によっては、富裕層に「そろそろですよ」と知らせる信号の役割を果たしているかもしれない。そういう意味でも、高橋氏の発言は軽視できないように思う。

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