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ぶどう酒か、それともワインか

 どう酒を選ぶか、それともワインを選ぶか。
 12年ほど前から児童文学を書いている。ここではない世界の、でも、ここと繋がっている世界の物語。食い意地の張っている私は、物語に必ず食べ物を書く。
 その世界を仮にA島としよう。島にしたのは「あつまれどうぶつの森」で島の評判を上げるためにせっせと頑張っているからだ。シズエさんからは、散らかっているものを片付けろ、花や木を増やせとのご指示を受けております。ははっ、ごもっとも。
 A島で最も賑わう通りで人気の料理は? メインストリートを一歩外れた路地裏では何が食べられる? そろそろ島は寒くなるころで、冬に備えて、住民は保存食を作り始める。島で収穫した果物を干す、あるいは砂糖をたっぷり、もしくは塩をたっぷり、はたまた香辛料、いえいえ発酵させるのだ。この島にいちばん似合うものは、いったいどの保存方法だろうか。その保存食は、なぜ、この作り方なのか。それには、この島の歴史を繙かねばならない……。
 例えば、A島では、ぶどうが収穫できるとする。島にはワインの醸造所がある。(酒好きの"さが"である。)さて、ここで冒頭に戻る。ぶどう酒か、それともワインか。(はたまた葡萄酒か。)どちらの言葉が、この島の歴史を表現できるだろう。は?何言ってるの?
 果物は砂糖漬けか、それともシロップ漬けか。島民の生活で親しまれているのは、食堂か、それともレストランか。A島に相応しい言葉はどちらか。は?何言ってるの? とにもかくにも、そういうことを延々と考えるのが愉快だ。
 どういう人が島に住んできたのか、どういう過去があったのか、未来には何があるのだろうか。子どもたちを待ち受ける大事件、日常から抜け出す出来事、自分たちだけの秘密、冒険後の確かな成長。あるところでは裕福な子もいるし、あるところでは貧しい子もいる。
 前のめりになる私の肩をぽんと叩いて立ち止まらせるもの。毎日報じられるニュース。命の危険。おびやかすもの。飢餓。戦争。
 ある人は言う。物語より劇的なのが現実であると。
 ぶどう酒と書くか、ワインと書くか。そんなことは生きることに何の関係もない。本当にどうでもいい、全く!
 物語なんてさ! 結局、いつだって葛藤しながら書いている。物語を書くことは楽しい。でも、書けば書くほど、物語を書くことは苦しい。想像の世界の前には、いつだって圧倒的な事実がある。
 物語なんてさ! 飢餓から救えない。戦争を止められない。命を助けられない。
 物語なんてさ! ――本当は、これは正しくない。この世界にはたくさんの物語が作られていて、時に誰かの人生を豊かにし、時に人生を変え、時に心を救う。心の灯火。誰かがそうだったみたいに、それは事実だ。
 私は飢餓も戦争も体験していない。けれど事実を知り、現状を知り、言葉を知り、文化を知り、想像することができる。――想像なんてさ!
 すがすがしいほどの堂々巡りである。
 想像なんてさ! でもちょっとだけ想像してみよう。もしかしたら、ちょっとだけ何か変わるかも……。

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