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パブロフ博士の犬供養(5)

(5) 犬の気持ちを代弁した研究者は収容所に消えた

 

 パブロフは、数年前にこの研究所から姿を消したアントン・スナルスキー(1866~1923以降)のことを思い出した。スナルスキーは、あるとき所長室を訪れ、大脳切除の実験を止めてほしいと言ったのだ。彼は、あまりに多くの犬が手術の後遺症で死んでいることを深刻に受け止めていた。「犬の気持ちも考えてください。」とも言った。

 パブロフはその言葉に反応した。「犬に感情があるわけがないだろ。君は犬をいたましく思う自分の気持ちで、無用な感情投入をしてる。」とパブロフは声を荒げて言った。それから少し声を和らげて、「いいかい。犬には、感覚も感情も欲望もないんだ。理性も魂もないのだから。犬は機械と同じなんだよ」と、幼子に教えさとすように言った。パブロフは、ロシア正教会司祭の家系であり、おじいさんも、お父さんも、二人のおじさんも、みんな司祭だった。パブロフ自身、高校まで神学校に通っていた。

 この時以来、動物が考えたり感じたりすることができるかどうかで、パブロフとスナルスキーは対立するようになり、その後意見が一致することはなかった。パブロフの信念を受け入れなかったスナルスキーは、もはやパブロフの共同研究者ではいられなくなり研究所を去っていった。研究室を離れたスナルスキーがどこに行ったのかはわからない。収容所送りとなってそこで亡くなったという噂も聞いた。

   この連続講義をまとめた本は、ロシア語版の序が1926年7月12日で、英語版の序は同年7月14日であり、ロシア語から英語への翻訳は弟子のアンレップによって忠実に行われた。だが、動物の感情について弟子と対立した部分、「最初一般的に認められているとおりに、心理学的方法にもとづいて、動物が考えたり感じたりできると仮定した」、「めいめいが自分の考えに固執して他の人を一定の実験で納得させることができなかった」(上、24頁)の箇所は、パブロフの判断で英語版から削除した。

 

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