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パブロフ博士の犬供養(2)


(2) 誰も謎に気づかなかった

 研究所の誰も解明できなかった謎の実験結果を、パブロフは「分化抑制」の講義のなかで、できるかぎりありのままに説明を試みた。

「当時かなりの謎と思われた事実を出さねばならない。一定の外部要因から条件刺激を形成して、それに非常に近い他の要因、たとえば、刺激となっている音によく似た音をはじめて試みると、しばしば、形成された条件刺激よりはずっと弱い条件反射効果がえられる。しかし、ひきつづきもちろん強化なしでくりかえすと、この効果は急速に増し、条件刺激の効果と等しくなり、それから次第に減少しはじめてゼロになる。つまり最初要因間の差異はすぐにみられるが、その後、何故か差異が消え、それからまたしだいに再現してついに絶対的なものとなる。」(パブロフ「大脳半球の働きについて」、岩波書店、一九七五年、上・一五一頁)

 説明をはしょりすぎたためか講義を聴いて「何故か差異が消え」た謎に気づいた学生はいなかった。もし中学生に対して話すのだったら、どう説明すればよいだろうか。

「メトロノームの百(/分)を聞かせてそのすぐあとに餌を出すことを繰り返すと、百を聞くだけで犬は涎を出すようになり百は条件刺激になる。非常に近い他の要因、たとえばメトロノーム九六(/分)を「分化抑制刺激」にするために、百を聞かせて餌を与え(強化)、九六を聞かせて餌を与えない(強化なし)ことを交互に繰り返す。すると餌を与えない九六の刺激に対して、はじめ少し涎が出て、そのあと急に条件刺激と同量出るようになり、それからだんだん減ってゼロになって安定して分化抑制刺激になる」といえばわかりやすいだろうか。

 

第51表:半音低い刺激の後に餌を与えない(=強化しない)とき、はじめは半減した効果(9)を示す。ところが翌日にはほぼ同量(32, 16)の効果も示した。


 涎が少し出てそのままゼロに向うなら、なんの不思議もない。ところが、涎は少し出たあと、なぜか餌の出る条件刺激と同量出るようになり、そのあと減少してゼロになる。この推移は、刺激や強化の種類を変えても常におきた。たくさんの研究者がこの謎に取り組んだが解明することができなかった。

第56表:半音違う刺激の後で強化しないと、あるときから効果はゼロ(0)で安定する。 

 パブロフはこの謎が今も未解決であることは言わなかった。また、一枚の表のなかに謎が収まらないように、三つの局面にわけて、少ない量から同量になる段階と、ゼロになって安定した段階だけ示し、同量からゼロになる過程は表として示さなかった。将来、未解決の謎に気づく学者が現れるとしても、分割して示された実験結果を、自分で総合するくらいでなければ、この謎は解明できないと考えたのだ。

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