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大谷哲夫編著『永平廣録 大全 』読書ノート(12) 偈頌89 雪の上に霜を加ふ

大谷哲夫編著『永平廣録 大全』の第七巻は、『道元和尚廣録』の最終巻、第十巻 真賛、自賛、偈頌である。主として七言絶句の漢詩である。

真賛は、釈迦、達磨、阿難、仏樹(明全)を頌した5首。(釈迦は2首) それから自分(道元)の肖像画のためにつくられた自賛が20首。

偈頌は125首で、中国留学中のものが50首、日本に帰国したあとのものが75首。

ひとつひとつの漢詩を、読み下し文、現代訳、そして語義と解説を合わせて読んだ。現代訳が非常にこなれていて、いわゆる「仏教的ナンセンス表現」(意味不明な文)ではないので、読みやすく、受け入れやすい。

75ある帰国後の偈頌のなかに、3首、秋の夜の雨をモチーフにしたものがある。(69,99,106) 道元にとって、秋の夜の雨音は、忘れがたい過去の記憶と結びついているらしい。それが何であったかは、上堂語を読み直すとよいだろう。仁治三年(1242)秋に、道元の身辺でおきた一連の事件と関係があるのではないかと僕は思う。

雪の上に霜を加ふ(雪上加霜)に出会う

今回、偈頌を通しで読んで、僕にとって一番の発見は偈頌89である。

まずは読み下し文を紹介しよう。七言絶句である。

雪上加霜 口を下し難し (せつじょうかそう くちをくだしがたし)
蠟梅地に蓋って漸く斑無し(ろうばいちにおおってようやくまだらなし)
衲僧の行李三品なりと雖も(のっそうのあんりさんぽんなりといえども)
儂家黒山に堕するを見ることを免る
          (のうけこくさんにだするをみることをまぬがる)

白文
雪上加霜難下口
蠟梅蓋地漸無斑
衲僧行李雖三品
免見儂家堕黒山

という漢詩である。

大谷先生の現代訳は:

雪の上に霜が降るようなその厳しい寒さは 言葉では表現できない
ところが いまは蠟梅が一凛二輪と咲いていたと思ったら 地を覆うように一面に咲き誇っている
禅僧の雪下の修行にも、上等・中等・下等の三種類があるなどというけれども
わが永平門下には 思慮分別にとらわれて迷妄の世界で身動きできないようなものは誰もいない

となっている。

これの何がオモシロイのか。
ちょうど一年前に僕がnoteに書いた「【道元と宇宙】 20 世界初の誤り訂正符号の使用」を読んでもらうと、それはわかる。

建長3年(1251)12月とおぼしき上堂語473には

臘月(ろうげつ)の寒梅月光を含む。
雪山(せつざん)の雪の上に更に霜を加ふ。
如来の毫相(ごうそう)、猶(なお)、今在り。
遠孫(えんそん)を利益する、
豈(あに)、度量(たくりょう)せんや。

とあり、翌建長4年8月の上堂語507には

老鶴(ろうかく)、雲に巣(すく)ひ、眠りいまだ覚めず。
壺氷(こひょう)、雪上に、更に霜を加ふ。
報地を荘厳(そうごん)する豈他事(あにたじ)ならん。
少一炷(いささかいっしゅ)の香(こう)を薫修(くんじゅう)するあらん。

とあるのだ。

偈頌89に同じ「雪上に霜を加ふ」という言葉が登場するのは、意図的だ。道元は、自分が「正法眼蔵」75巻と「道元和尚廣録」全十巻を、符号化することで保護したことを伝えたかったのだ。だからわざわざ同じ表現を、別の場所に配置したのだ。

誤り訂正符号を意識して偈頌89を現代訳してみると、

雪の上に霜を加えたので、文に手を入れにくくなった。 
蠟梅が地を覆うように、一貫性を保てるのだ
私の書いた文章は、それほど優れたものではないかもしれないが
後世の弟子たちが手を入れて無内容なものに貶めることはできない

道元はこのような気持ちを込めて漢詩を詠んだのではないだろうか。

大谷哲夫『永平廣録大全』は、読むたびに発見を与えてくれる、素晴らしいテキストだ。およそすべての道元研究者、道元の読者たらんとする者は、まずこの本を読むべきである。





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