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興味の境目

今回は僕が学んでいる舞台照明と、個人的に興味を持っている映像についての悩みを書きます。

同期が主催する舞台の照明を担当させていただくことがあり、その際にふと思ったことなのですが「仕事として受けたことに対してどこまで自分の興味をもって来ていいのだろうか。」と言うことです。

ここでいう自分の興味とは映像による演出です。
もちろん舞台照明も興味から入ったのですが、大学という場をかりて学問として勉強しています。

しかし僕のいる大学では舞台照明を専攻するコースはあるのですが、舞台映像を扱っている授業、先生がいません。
そのため映像の分野は完全に独学なので、このやりかたが合っている間違っているという区別は自分で試してみるまで分かりません。
だったら自分の部屋で実験してればいいだろう。と思う方もいると思いますが、僕がやりたいのは「舞台上」での映像なわけでそこが舞台であり、美術があり、照明があり、役者がいて、なにより観客がいるとうことが重要だと僕は考えています。

じゃあなんで舞台映像がある学校ではなく、舞台照明の学校へ行ったかという話をします。
結論から言うと、舞台映像に興味を持ったきっかけが舞台照明を学んでいたからです。
舞台照明は、言ってしまえば舞台上に明かりをつけて舞台上の見せたいところと見せたくないところをハッキリさせるセクションです。
言い換えれば舞台上の明かりは全て照明が「制御」していなければなりません。

現状、一般的には舞台をつくるにあたって照明と映像の2セクションに分かれていることが多いです。
ただどちらも光を扱うセクションであるがゆえにお互いが、お互いのことを理解していなければどちらかが押したり引かなくてはならなくなり、互いの良さを最大限に出せないのではないかと思います。

また、本番中のきっかけも被っていることが多いのではないでしょうか。
音響と照明がきっかけを合わせることはありますが、そのキュー数自体は全体でみればほんの一部です。
しかし、照明と映像は同じ光をだすものであり、舞台上での明かりはそれしかありません。
そのため、きっかけが違うというのはあまりないのではないかと思います。

また、人は光や音といった五感を使うものに敏感です。特に光というものは情報として観客の目に入り込みます。
よく視覚が8割という言葉がありますが、まさにこれではないかと思います。
舞台という場で、目の前で実際に起こっている先の予測できない事態を人は必死になりながら五感を使い情報を集め組み合わせていきます。
その最中に最も情報としての役割を占めている視覚、つまり光です。
その光がズレてしまえば観客は何かしらの違和感を持つことでしょう。
だからこそ同じ器官からの情報はできるだけズレの無いようにしなければなりません。

そのズレが生じる原因としての多くはやはりオペレートによるものではないでしょうか。
照明と映像という二つのセクションに分けれてしまっているが故のタイミングのズレ。こればっかしは機械にどうこうできる問題ではないとおもいますが、その二つに分けれているオペレーターを1つにまとめれば解決です!
極論を言ってしまえば音響、照明、映像を同じ卓から信号を送ってキューを走らせることができればいいのですが、演劇の観点から見ればそれは難しいでしょう。
しかし、実際に数千万するお高い卓では様々な端子( DMX、MIDI、HDMI、LAN等)が付いているためやろうと思えば簡単に出来てしまいます。

もちろん、そんな買い物はフリーでやっているプロの方でさえ難しくましてやそこらへんの学生が手にする、見ることさえ難しいでしょう。

ここまで色々言っておいて、怒られるかもしれませんが僕自身は、そこまでして同時にキューを取りたいという拘りはないです。
しかし、映像と照明の2つは先程も書いたように多少の工夫と努力は必要ではないのかと思います。


と、ここまで長々と書いてきたことはあくまで僕の考えなので実際に現場で照明と映像がどのように考えられているかは分かりません。

だからこそ、自分の意見を持ったまま、それが実際に現場に入ってどうなるかを自分自身で実験していく必要があります。

そのための「実験の場」が同期が主催する公演となるわけなのですが、(すんごい怒られそう)誘って頂く段階では照明として誘われます。
同期が主催の公演には映像が演出として組み込まれていることが少ないため、映像のセクションがない事がしばしばあります。

そこがチャンス!と言わんばかりに顔合わせで「映像出した演出とか考えていませんか?」と聞けば大体面白そうだと向こうも乗ってきてくれます。

照明としてのプランも考えますが、映像という選択肢があればその分演出の幅も広がるのでwin-winの関係性が生まれます。(生まれません。多く見積もっても7:3くらいで僕の勝ちです。)

そうして主催側も映像という演出に興味を持っていただければ照明と映像が組み込まれた演劇が考えられ、今よりさらに実験の密度が上がることでしょう。

ただ、映像はあくまで僕の「興味」の範囲です。
その興味の範囲を抜け出して、本来求められていた照明との組み合わせを僕の興味本位だけでやっていいのかという問題が出てきてしまいます。
そこがこの記事の題でもある、「境目」だと僕は思います。

もちろん、映像をしたいがために本来の照明プランを疎かにするつもりは1ミリもないですが、このような場を借りてやることに意味を見出す考え方を持っている以上、少しでも自分に出来ることを積極的にやっていこうという考え方で今はいます。

また、このような僕の興味に耳を傾けてくれる同期にも感謝です。

今、演劇でも舞踊であっても映像を使った演出が増え、主流になっている時代にも関わらず、映像を学ぶことの出来る環境が演劇を専門とした大学にないのは100歩譲ってもどうかと思いますが、ほんの些細な興味から生まれたこの考え方はこの環境だからこそ持ったのではないかと思います。

大学に照明を学びにいけば全部教えてくれるだろうと勘違いしていた自分も過去にはありましたが、実際に大学で教えていることは一昔前の技術でした。
もちろんその技術あってこその今の技術なので、それ自体はとても大切です。
しかし今の技術は大学では教えてくれません。

その代わり、大学が提供してくれるのは人との繋がりです。
その繋がりこそ、自分のやりたいことを出来る場を作ってくれます。

今の僕はその場をお借りして興味があることを実験という形でやっていますが、その加減を十分に注意して興味の境目を見極めようと思います。


では、今回はここらへんで!

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