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逃げ若から始まる北畠顕家関連史跡巡りin大阪

日本史の南北朝時代が好きだ。鎌倉時代と室町時代に挟まれた、政権争いの流れが意味不明な日本史の中でもドマイナーな時代。でも南朝北朝問わずどの人物も魅力的だ。特に足利尊氏については推しを通り越して限界オタクに近い。

にも関わらず、週刊少年ジャンプで連載中の『逃げ上手の若君』を最近まで読んでいなかった。南北朝時代は好きだが、あまり歴史ものに触れたことがなかったため、楽しめるか分からず途中まで読んでそのままにしていたのである(同じ理由で大河ドラマの太平記も鎌倉幕府が滅亡したところで止まっている)。しかしついに最新刊まで読破した。最新の話になるほどどんどん面白くなっていっているので、続きをとても楽しみにしている。

逃げ若でももちろん足利尊氏が好きになるだろう…と思っていたら、一番好きになったのは北畠顕家だった。南北朝時代を駆け抜け、若くして散っていった花将軍。逃げ若では貴族としての価値観を持ちつつも、荒々しい奥州武士を鼓舞し共に戦場に赴く美しくも格好良いキャラクター!ちょっとクセ強めに描かれているのも良い。

北畠顕家に興味を持ったからには…北畠顕家に関係する場所巡りをするしかない!でも不勉強で大阪の阿部野神社しか知らない…。
というわけで、北畠顕家推しの友人に阿部野神社周辺で行ったほうが良い場所を聞き、次の日勢いのまま電車に乗り込んだのであった。



阿部野神社

最寄り駅から迷うこと数十分。裏口っぽいところからなんとか入ることに成功。

辿り着けてよかった…

阿部野神社に行きかった一番の理由は顕家公の像!

肖像画と似た格好をしている

斜め後ろから見ても美少年。着物が刀に引っ掛かって上がる表現が素敵だ。

布の表現が丁寧

そして花将軍ソングの歌詞。良すぎる。

あゝ美少年

阿部野神社は今年の元旦から逃げ若とコラボして限定の御朱印を授与している(逃げ若の北畠顕家の切り絵が施されていてすごく綺麗)ため、ところどころにカラーの顕家公の旗が立っていた。アニメのポスターも掲示されている。

逃げ若を推しているのが伝わってくる

社務所で普通の御朱印と限定御朱印の2つをいただけませんかと頼んだところ、とても嬉しそうな反応をしてくださったのでこちらまで嬉しくなった。窓口には御朱印帳やお守りと並んで顕家公が表紙の逃げ若14巻が置いてあって、大事にされていることが伝わってきた。来てよかったなあとしみじみ思う。


北畠公園

阿部野神社からしばらく歩き、北畠公園へ。遊具はないものの、綺麗に整備された公園だった。

文字が読みづらい由緒記

ここには江戸時代に建てられた北畠顕家のお墓がある。

とても綺麗にされている

後醍醐天皇への上奏文初めて読んだけど、真っ当なことしか書いていない。

そんなに酒宴開いてたのか…?

また公園内に顕家公の像もあったのだが、こちらは建物の中に置かれており、天気も悪かったため暗くてあまり見えなかった。阿部野神社にあった像を基に着色したものに見えたが、確証が持てない。


お昼ご飯

北畠公園に来る道に良さげなお店を見かけた気がして調べると、スパイスカレーとクラフトビールのお店らしい。大阪と言えばスパイスカレー、行くしかない。

SPICE STAND 556

2種あいがけカレー

見た目がもう優勝している。左のココナッツチキンカレーが特に美味しかった。大阪スパイスカレー巡りもしたい。


住吉大社

一両編成の路面電車に乗り込み住吉大社に移動。北畠顕家とは直接関係ない(南朝や足利尊氏とは関係がある)ものの、有名な所なので行ってみる。今回回った中ではダントツで観光客が多かった。敷地内をぐるっと歩くと、ところどころパワースポットがあって面白い。楠珺社で授与していた猫柄のしゃもじがかわいかった。


荘厳浄土寺

住吉大社から道に迷いまくってなんとか到着。友達曰く、荘厳浄土寺は後村上天皇が後醍醐天皇の法要を行ったお寺らしい。確かに門の前にそれらしき碑がある。

お堂の前で集まりが開かれていたため、邪魔するのも悪いかと思いお参りだけ済ませて次の場所へ。


住吉行宮跡

荘厳浄土寺からさらに歩き大通りを曲がると、後村上天皇が1352年に吉野から移した南朝の行宮の跡がある。

ひっそりと建っている
中に入るとこんな感じ

門の模様が菊でかわいい。

おしゃれな意匠

考えてみれば、よく吉野からここまで京都に近づいたものだなと思う。それだけ北朝勢力がガタガタだったということなのだろうかと思って調べたら、1352年は足利直義が亡くなった年だった。


北畠顕家戦死の地

再度、路面電車に乗り込んで石津までしばらく移動。すでに歩き疲れていたものの、友人おすすめの場所だったのでどうしても行きたかった。
石津駅から歩いてすぐに北畠顕家戦死の地がある。

道路に面している

この周辺で合戦が起き、そこで若くして命を落としたことにしばらく思いを馳せていた。しかし戦場が当たり前の時代に才能ある若者が早世することの重みを、現代に生きる自分が想像するのは難しい。その辺りがどんな風に逃げ若で描かれるのか楽しみだ。

とても良い休日になった。北畠顕家に興味を持たせてくれた逃げ若には感謝しかない。帰り道、友人にLINEでお礼を言うと、「教えた場所全部回ったの?!」と驚かれたのだった。

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最後までお読みいただきありがとうございます。
一週間後に南北朝時代(ほぼ)関係ない大阪のある駅周辺を散歩した記事も出すつもりなので、興味があれば是非どうぞ。

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