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長文感想『渋沢栄一と鉄道』小川裕夫

一般には「資本主義の父」として、明治維新の殖産興業の重鎮として知られる渋沢栄一。

その業績は、本年(2024年) から発行される新紙幣に印刷されるほどです。

そんな栄一氏からは、鉄道とのつながりをすぐに想起される方は多くはないでしょう。

実際、栄一氏から発した企業は多岐にわたりますし、その中の一例として鉄道会社にも関わりがあったことは想像はできるかと思います。


一方で、明治新政府が成立する直前の幕府のパリ万博使節団に随行していた栄一氏 は、新しい日本を支える経済システムやインフラを早急に整える必要を痛感していました。

2021年に放送された大河ドラマ「青天を衝け」でも、パリ万博での欧米各国の工業技術や、証券取引所に代表される経済システムに感化される栄一氏の姿が登場。

番組中、紅海沿岸からパリまでの道中(当時スエズ運河は建設中) や欧州内での使節団の移動で、すでに欧州各地を結んでいた鉄道を利用したエピソードが紹介されていました。

帰国後、大隈重信の要請で新政府の要職に任ぜられた栄一氏は、新政府内に社会システムを刷新すべく提唱した「改正掛」(かいせいがかり=一種の「すぐやる課」) において、様々な議題に対し臨機応変に対応することになります。

そして様々な国家事業を起こすきっかけとなります。

ドラマの印象深いエピソードに、実家と縁が深い尾高惇忠(おだかじゅんちゅう) が初代場長に就任した「富岡製糸場」がありますが、そこで生産される生糸を輸送するための鉄道の敷設にも心を砕くことになります。

社会が発展する重要な素地のひとつとして、物産や人を迅速に運ぶ「鉄道」の重要性を本場でいち早く体験した立場であったことは、栄一氏の恵まれたところですね。

のちに政府から身を引き実業家として邁進する栄一氏の姿は、ドラマでも特に印象深いところでした。


鉄道の敷設も、まず官営鉄道として新橋~横浜、そして神戸~大阪~京都へと延ばされましたが、当時は金策に窮した政府ゆえ、それからの進展が見られぬ状況に。

栄一氏は、鉄道の延伸を側面からサポートする形で「民営鉄道」の設立に助力することになります。

余談ですが、民間から資金を集めるにあたり栄一氏が注目したのは、かつての武士階級である「旧大名・士族」の資産を集め、民営鉄道への投資を促すことでした。

具体的には、北関東や東北の物産を効率よく東京に運ぶための必須のツール。

奇しくも、維新の際に虐げられた地方の武士たちの力が、中央を支える力になった次第。
当時困窮した旧士族の生活の糧にもなりました。

そうして成立したのが「日本鉄道」。現在のJR東日本の根幹路線のルーツですね。

その他、急速な都市化に対応して、東京と郊外を鉄道で結び人を運ぶ「通勤」というスタイルも、栄一氏の構想から生まれた文化でした。


その辺りのお話はいささかニッチな話題になってしまうのですが😅 この本では、栄一氏晩年の構想である「田園都市開発」(現在も知られた田園調布が筆頭) を通じて、現在のライフスタイルに栄一氏が深く関与している一面を知ることができます。

そして、爆発的に人口が増える東京都市圏のインフラとして、東急や小田急、東武などの大手私鉄が産声を上げることになるのです。


【以下、余談】


ひと言で鉄道敷設と言っても、膨大な路線網を実現するためには鉄道施設を建設する基幹産業も醸成しなければなりません。

本書では、鉄道車両に必須の板ガラス、大量の新紙幣や切符を作る製紙業、外貨獲得の手段として当時重要視された生糸や、インフラに不可欠の鉱山資源の輸送に触れています。

その中でも栄一氏が携わった事業に「牛乳生産・販売」がありました。

東京近郊からスタートした農園開発は、やがて那須や北海道まで広がり、すでに財界の重鎮となっていた栄一氏のもとに多数の出資があつまったとか。


牛乳、と言えば、ドラマの中で栄一氏が財界に転身した頃に亡くなった最初の妻・千代のエピソードを思い出します。

ドラマでは死と牛乳の相関関係は明示されていませんでしたが、民衆の生活基盤としての、衣食住への栄一氏なりの心配りがここにもあったように思います。

【おわり】

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