見出し画像

長文感想『ザ・ウォール』 堂場瞬一

箱根駅伝を舞台にした『チーム』から入った堂場先生の世界、最近は野球物を手にすることが多いですね。この本もそんな一冊。

新宿駅の西側に突如出現した異形の新球場・「スターズパーク」。

立ち並ぶビル群の中に再開発に合わせて建設されたその球場は、スタンドの構造物の中に幾つもの高層ビルを組み込んだ、「壁に囲まれた」グラウンドとも言える前代未聞のスタイル。

総合IT企業家として名を成し、メジャーリーグのスタイルを日本球界に導入するために、かつての名門「スターズ」を買収した沖オーナーの理想が詰め込まれた新球場。

ここを舞台に、監督と選手、そして球団関係者の1年間の「奮戦」を細やかに描写した物語です。


異形のスターズパークの「こけら落とし」を任されたのは、かつてこのチームを率いつつも就任したばかりの沖オーナーから「馘」(くび) を言い渡された樋口監督。

ふたたび監督に招へいされることになったものの、初年度はこの理想のスタジアムでファンの目を引き、「エンターテイメント」としてのボールパークの隆盛を旨とするオーナーと、現戦力を冷静に分析し地道に低迷するチームの底上げを画策する樋口監督との「腹の探り合い」が、物語のベースを構築していきます。

それは「水と油」とも言えるほどの隔たれた距離があるようにも思え、物語の序盤は重々しい雰囲気が漂います。

そこに複雑に絡む、選手たちの現状。

明らかにホームラン量産をもくろむ球場の設計とは裏腹に、飛ばし屋の少ない打撃陣
(新外国人選手のバティスタも、実績的には中距離ヒッター) 

デビュー時には有望株だったものの、不器用さが災いして開花しきれないエース・有原
(打撃陣の援護がないのも原因)

案の定、秋季キャンプからチームの底上げもままならないまま、翌年のシーズン開幕を迎えることに。。。

そんな「海千山千」状態のチームを切り盛りしていく樋口監督が物語の中心となりますが、そこに多くの選手たち、球団関係者、野球マスコミ、そして球場設計者まで巻き込む「人生ドラマ」もち密に織り込まれた物語は、堂場先生の一方の主戦場である「刑事物」のエッセンスもふんだんに盛り込まれていて大人なテイストが私には新鮮に感じた次第。
(これまで学生スポーツ物しか拝読していないもので…😅)

新球場の立ち上げ、という「転機」に込められた群像劇の魅力があふれた今作、登場人物たちそれぞれの人生の「転機」が大きなテーマだったように思いました。

個人的に一番印象が強かったのは「結婚」という一大転機に直面した男たち。

新球場スタート年のオフに結婚を控えたエース・有原。
そして、こけら落としの球場建設に携わった技師・桑原。

特に桑原くんはこの物語の「転機」に深くかかわる人物だけに。
(ネタバレなのでここでは触れられませんが😅)

単なるスポーツ物にとどまらない、堂場先生の文章の魅力が詰まった本ですよ。

【以下、余談】 
 


前述の桑原くん、物語の終盤で意中の女性へのプロポーズを心に期して登場するのですが(その辺りの展開は、たぶんお分かりかと思いますが😅)、この話に触れて思い出したのは、競馬評論家・井崎脩五郎センセーの「逸話」

古い競馬ファンであれば有名なお話なのですが、意中の女性(奥さまの「セイコさん」ですね) へのサプライズを画策した若き日の井崎センセー。

あの名馬「ハイセイコー」の息子「カツラノハイセイコ」が、父が一番人気で敗れた日本ダービーに出走した際に、彼の単勝馬券の一本勝負を仕掛けて見事的中! 当たり馬券を手に「はい、セイコさん」とプロポーズ! その払戻金で婚約指輪を購入したとか…。

あの「ウソつき脩ちゃん」と揶揄された井崎センセーですから、真偽のほどは保証できませんが😅

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?