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本の長文感想

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読書メーターで書ききれない思い。
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記事一覧

長文感想『東京万華鏡』川本三郎

昭和の風景をリスペクトした評論家・川本三郎氏が綴る、昭和の東京の現実とフィクションを魅力的に映し出す、「万華鏡」のようなエッセイ本です。 著者の視点だけでなく、様々な作家の目に映った「東京」の、一種文学散歩のような味わいがある一冊。 この本が刊行されて四半世紀経ちますが、私も知る東京の「少し前の雰囲気」がとても心地よく、こころ穏やかに読了した次第。 その切り口は、昭和の頃の東京の「自然」・「道や橋」・「崖」(東京は意外と坂が多い)・そして庶民の「娯楽」と、とても幅広いで

長文感想『ビブリア古書堂の事件手帖Ⅲ ~扉子と虚ろな夢~』三上延

世間に古書を扱う書店は数あれど、古書に関わる人たちが抱えた「絡んだ思い」を解きほぐす経営者が商う、とても稀な古書店があるという。 この物語は、JR横須賀線・北鎌倉駅のそばにある、とても稀な古書店の物語…。 現在の古書店の店長、篠川栞子(しのかわしおりこ) のひとり娘・この春に高校二年生になる扉子(とびらこ) 。 母が商う古書店・ビブリア古書堂が参加する地元の古本市の支払レジで、店番をしつつ読書に興じています。 そこで、同じ高校へ入学する「年下の男の子」、樋口恭一郎と出会

長文感想『おろしや国酔夢譚』井上靖

時は安政年間、浅間山の噴火により大飢饉が発生する前年の1782年。 伊勢国(三重県) 白子(しろこ) の港を12月に出港した商船が、江戸へ向かう途中の大嵐で舵が折れ、半年以上も日本東岸を漂流することに。 翌年7月、ようやく見えた陸地へ上陸するも、そこは北方領土よりもさらに北方、現在のアリューシャン列島のアムチトカ島。 蝦夷地のアイヌに近いと思われる原住民や、彼らを統率するロシア人と少しずつ交流しながら、極東の寒帯のサバイバルを繰り広げる漂流民たち。 文章で追うだけでも

長文感想『渋沢栄一と鉄道』小川裕夫

一般には「資本主義の父」として、明治維新の殖産興業の重鎮として知られる渋沢栄一。 その業績は、本年(2024年) から発行される新紙幣に印刷されるほどです。 そんな栄一氏からは、鉄道とのつながりをすぐに想起される方は多くはないでしょう。 実際、栄一氏から発した企業は多岐にわたりますし、その中の一例として鉄道会社にも関わりがあったことは想像はできるかと思います。 一方で、明治新政府が成立する直前の幕府のパリ万博使節団に随行していた栄一氏 は、新しい日本を支える経済システ

長文感想『家康、江戸を建てる』門井慶喜

群像劇のかたちで、様々な日本の時代背景を鮮やかに切り取る、門井慶喜氏の代表作。 東京生まれ、東京育ちの私。 改めてこの広大な東京=江戸の成り立ちを振り返るのは実に興味深いテーマです。 この広大な土地が切り開かれたきっかけは、豊臣政権の盛りに、秀吉が家康へ関八州(現在の関東平野) への「国替え」を命じたことでした。 当時、太田道灌(おおたどうかん) が築いた「江戸城」周辺は、水はけのよくない草原が広がるだけの「田舎」。 体のいい厄介払いに、徳川家の家臣たちは猛反発!

長文感想『輝け! 浪華女子大駅伝部』 蓮見恭子

ひとかどの実績を残したものの、持ちタイムで世界陸上マラソン代表に選出されず、故障もあり今一つ伸び悩んでいる実業団女子ランナー・千吉良朱里(ちぎらじゅり)。 所属チームの廃部の際、監督の勧めで、浪華(なにわ) 女子大学の新興女子駅伝部の指導者を務めることになった主人公・朱里と、実績のない駅伝チームに参加した女子学生たちの王道スポーツ小説です。 私も、駅伝チームの顛末を追う小説はいくつか拝読しましたが、女子駅伝チームが題材というのは初めて。 この本は、終盤の駅伝本番の描写よ

長文感想『賞金稼ぎスリーサム!』 川瀬七緒

警察から難事件への情報を提供した者に支払われる「報奨金」。 これを目当てに共闘する3人の物語。 元警部で、訳あり母の介護のため「介護離職」した、40代男性・「藪下」(やぶした)。 藪下が現役時代に捜査対象になったことがある、30代男性・「淳太郎」(じゅんたろう)。 製糖会社の御曹司で、警察の捜査現場に現れその行動を監視記録する、変わった趣味の持ち主。 介護する母親の回復に一縷の望みをかけている藪下は、とにかく医療費が欲しい。 警察の報奨金がかけられた「とある事件」に関

長文感想『PK』 伊坂幸太郎

読書メーターのアカウントを取得したごく初期に読了した本。 前回の長文感想でnoteに投稿した『ゴキブリ研究はじめました』を読んで、ある意味「G」が主役? のこの本のことを思い出し、再読した次第。 この本は3つの章に分かれています。 序章は、サッカーワールドカップの出場をかけたアジア予選の大一番、ペナルティーキックを前に謎の逡巡をする選手と、試合のはるか後、その選手の微妙な表情の真実を追い求める、日本政府の大臣をめぐるストーリー・『PK』。 次に、前章に登場した大臣が、

長文感想 『ゴキブリ研究はじめました』 柳澤静磨

ごくごく個人的な事情があり、苦手なGに関する本を手にすることになりまして…😅 実は、著者の柳澤氏も、私と同じくもともとはGが苦手でした。 柳澤氏は、幼い頃から昆虫の世界にあこがれ、縁あって静岡県内の昆虫館の職員となりました。 そこで研究目的で飼育されていたG。 最初はドン引きだった著者も、次第にその個性を面白く感じるように。 南の島の野生種のGを追う中で、美しい種の魅力に引かれた彼は、その深遠な世界へと誘われてゆくのです――― とは言うものの、世間的には畏怖の対象

長文感想 『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』岩崎夏海

2009年に出版された当時の大ベストセラー。 高校野球をネタにした本の読書イベントに合わせて手に取った次第。 この本の装丁、主人公の女子高生のスタイルに時代を感じさせますね。 正直、抵抗がなかったかと言えばうそになります(笑)。 舞台は、イマイチ覇気が上がらない、都立高校の野球部。 病気がちで、今も入院中の野球部女子マネージャーの親友・夕紀の後を追って、マネージャーに就任した主人公・川島みなみ。 7月末から夏休み、そして年が明けて夏の甲子園出場をかけた地区予選へ。

長文感想『言の葉は、残りて』佐藤 雫

長らく、別サイトで本の長文感想を投稿していましたが、本日からnoteにお世話になります。 よろしくお願いいたします。 2022年現在、注目のNHK大河「鎌倉殿の13人」に先駆けて2020年に刊行された、鎌倉三代将軍、源実朝と御台所・信子の交流とその悲劇をきらびやかな文章でつづる物語です。 鎌倉初代将軍・源頼朝の次男として、宝物のように愛情を注がれて育った千幡(実朝)、そして、公家の父親の意向で、実朝へ輿入れすることになった12歳の信子。 都人にとって得体のしれない「鎌倉

長文感想『大連合』 堂場瞬一

痛快なスポーツエンターテイメント小説の大家、堂場瞬一さんの2021年刊行の本です。 新潟県の成南高校のエース・里田史也(ふみや)。 同じく新潟県の鳥屋野高校(とやの) のキャッチャー・尾沢朋樹(ともき)。 中学ではバッテリーを組んでいたふたり。 高校は別の進路を選択し、それぞれの舞台で研鑽を重ねていたのですが…。 夏の甲子園・地区予選を前にして、それぞれが不幸な"事故" に遭い、球児として絶望の淵に立たされることに。 残された部員を統合し、「連合チーム」として新たに甲

長文感想『信長鉄道』豊田巧

時は1987年(昭和62年)、国鉄分割民営化を控えた3月31日の夜。 名古屋にあった国鉄の工場に集合した職員たちが遭遇したのは、詰所を覆う強烈な光、そして甲高い音! 気がつくと、詰所は朝を迎えていた…そして、聞きなれないカモメの鳴き声、そして海の音。。。 窓の外には、広い工場の敷地のそばに海原が広がっていたのです! くすんでいたはずの名古屋の空も青々と輝き、遠方には山々や田んぼの風景も――― 工場の近くに存在していた熱田神宮の風景から、ここがはるか過去の場所であるこ

長文感想『善人長屋』 西條奈加

『心淋し川』で直木賞を受賞した西條奈加さんの出世作。 本所や深川の下町で、健気に、そしてしぶとく生きるちょっとクセのある人々の喜怒哀楽を描く人情劇です。 最近読了した宮部みゆきさんの江戸の人情劇に感化され、今注目の西條奈加さんの本を手に取った次第。 どちらかと言えばライトだった宮部さんの『本所深川ふしぎ草紙』と比較すると、こちらはエンタメ小説の形を取りつつも、江戸の庶民の抱える闇、そして悲しみをしっかり書き込んだ読みごたえのある一冊でした。 物語は、ちまたで「善人長屋」