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ピアノを拭く人 [長編小説] (完結)

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彩子が出会った素敵なピアノを奏でる男性は、些細なことが気になって居ても立ってもいられなくなる病に悩まされていた。
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#加害恐怖

ピアノを拭く人 第1章 (2)

 腕時計を見ると、9時をまわっている。  新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、時短営業…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (4)

 ぐんぐん昇っていく月を追うように、彩子の車は川沿いの県道を走る。  サイドシートには、…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (5)

 店内に残っていた客は、会計を済ませて月明りの下に出ていった。  マスターの羽生は、レジ…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (6)

「無理ですよ。歌っていたのは10年以上前です。大学を卒業してからは、カラオケに行ったときと…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (7)

「水沢さん、お待たせしました。そうそう、これ伊香保の水沢うどんね」  うどんを運んできた…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (9)

 フェルセンの花壇の端に屹立する銀杏が、色づき始めていた。彩子は、もう少し色づいたら、ペ…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (10)

 朝の澄んだ空気が、残っていた眠気を一掃してくれる。駅から試験会場となるC大学までの道を闊歩しながら、彩子は地図を片手に、外部誘導員に立ってもらう場所を確認する。愛らしい柴犬を散歩させる老人を横目で眺めながら追い越すと、前方にガラス張りの近代的な建物が姿を見せる。  正門の守衛所で手続きを済ませ、本部室として確保した2つの教室に向かう。その途上、自動販売機、喫煙所、証明写真機の位置、試験を行う棟までの導線を頭に叩き込む。キャンパスマップと見比べながら、誘導員の配置場所、立て看

ピアノを拭く人 第1章 (11)

 手を伸ばせば金色の月に届きそうな夜だった。  閉店時間を過ぎたフェルセンの出窓から明か…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (12)

 手紙を書くために、トオルが明るくしていた照明が、彼の目元の疲労を悲しいほどに際立たせて…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (13)

   彩子は、バッグを肩にかけ、登録会の資料を入れた段ボール箱を車からおろした。今にも掴…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (14)

 昼過ぎから降り始めた雨は一旦弱まったが、夕方には勢いを増していた。彩子は車のワイパーを…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第2章 (1)

彩子は信号待ちをしながら、スーツ姿の男性が、道路に積もった落ち葉を無遠慮に踏みつけ、速…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第2章 (2)

 透はカバンからファブリーズを取り出し、助手席の座布団に吹きつけてから車のドアを閉めた。…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第2章 (3)

 彩子は、ソファに腰を下ろし、心理士が患者を迎えにきて、それぞれの部屋に案内する様子を眺めていた。  試験のシステム構築に携わったことのある彩子は、部屋の前にモニターを設置し、入室可能になったら心理士が患者の番号を出すようにすれば効率的だと思った。他方で、いまの方法は、心理士が入室前の患者の表情や動作を観察でき、人間的な温かみが感じられる。感染防止対策のために、人との接触を減らすことが推奨されるなか、こうした方法を残している病院に好感を持った。  ソファでカウンセリングを待