配信について少し積極的に捉え始めた話

真打昇進後の初高座は何としても生で!という考えのもと、なかなか落語のオンライン配信について積極的に動く気になれなかった四月~五月でした。それでも全く生の高座の機会がない以上、少しでもどんなことをやっている落語家か知ってもらうためには致し方なし、という思いでYouTubeに過去の高座をアップし始めたのは、私にとって若干後ろ向きではあれど大きな一歩でした。

そんな折、いつも月例会のチケットでお世話になっているPeatixさんのYouTubeチャンネルでのPeapod生配信に出演させていただけることになり、その勉強のために色々と過去のPeapod動画を視聴する中で驚いたことがありました。それは、出演者の方々がこのコロナショックの中で、新たなイベントの形や届け方を試すことに非常に前向きだったことでした。これまでのように、現場に大勢で集まってイベントを開催出来るようになるにはしばらくかかるかもしれない。でも今やれることはある。それをガンガンやっていこうよ、という非常に前向きなエネルギーを感じました。その中で、特に印象に残ったのは「オンラインはリアルの代替ではない」という言葉でした。その言葉を聞いた時に、私の中で地殻変動が起きました。

思うに、何故自分がYouTubeを含めた配信落語に積極的になれなかったのかを考えてみると、以下の二点が大きく引っかかっていました。

①「落語は生に限る」。生、というのは配信を含まないライブ。その会場で、演者と観客で対話をしながら味わうライブ。それ以外のものでは臨場感、一体感に欠けたものになってしまい、本当の落語の魅力は伝わらない。100%以外のものは出すべきではない、という考え。

②最初にライブ以外の方法で、魅力が半減した形で触れてしまうと、ライブの場で次に触れた時に「あ~、あの配信で見たやつだ」という風に、感動が目減りしてしまう、という考え。

この二点というのは、なかなか強固で動かしがたいものでした。いや、後から考えてみると、②なんて矛盾しているんです。ライブ至上主義のくせに、ライブの魅力を信じきれていないわけですから。でも、思い込みなんて大概は矛盾を含んでいるものです。とにかく「オンラインはリアルの代替ではない」という言葉がきっかけになって、もしかすると何かまったく違った独自の魅力を持ったものなのかもしれないと思い、引っかかっていた二点について生配信前に改めて考えてみたのでした。

その詳細についてはこちらの中で語っておりますが、ま、ご覧いただければわかるように、生配信の時点ではめちゃくちゃポジティブな私に生まれ変わっておりました!少し長いですが、どうぞ!

改めて見直してみて、思うこと。
マイクが必要。ライティングも必要。だって素人だったんだもん。

あと、色々と喋っていたけど、この男まだこの時点でいっっぺんも生配信やってません!
でもね、近々やりますよ。

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