翼あるもの

 東京パラリンピック最終日、男子車いすバスケットボール決勝。第4クォーターの半ば、リバウンドを奪いゴール下最後は体勢を崩して倒れながらのシュート。鳥海くん、飛んでるみたいだ、と思った。

 長いこと、スポーツなんでも大好き、雑食スポーツウォッチャーを公言してきたけれど、まだあったかこんなすごいジャンル、全然修行が足りなかったと反省しまくり目からウロコ落ちまくりだったパラリンピックデイズ。オリンピック大好きで毎度ハードウォッチしてたのに、パラをがっつり見たのは今回初めて。すいません! 放送のボリュームもやっぱ自国開催ありがてえって感じで連日朝から晩まで堪能。たぶんそういう人たくさんいたと思う。そしてこれまたたくさんいたと思うんですが私もまんまと大ハマりしたんです、車いすバスケ。すなわち、鳥海連志。

 スポーツを見ていると、時々「出会ってしまう」ことがある。97年、ラグビー日本代表監督に就任した時の平尾誠二。05年のテニス全仏オープン、初出場で初優勝した19歳のラファエル・ナダル。あ、と思う。目が離せなくなる。その瞬間、すでに恋に落ちている。もうないかなーと思っていた。でも、あった。思いがけないところに。この、不意に足を取られてべちゃっと転ぶ感じ。困惑、動揺、そしてなんというワクワク。ああ、久しぶりに恋をしている。

 志を連ねる、と書いて、れんし。ご両親の思いが伝わってくるような美しい名前。「やってみて判断しなさい。できなかったら、他の方法を考えてごらん」。ちいさい頃からおかあさんが息子にかけ続けた言葉だそうだ。

 パラも例外ではなく、高さとパワーに劣る日本の選手は必然的に工夫を求められる。躍進の鍵と言われる「トランジションバスケット」。徹底的なフィジカル強化によるディフェンス力と、そこから瞬時に攻撃に切り替えるスピード。前回9位のリオから、工夫と努力を重ねた末の銀メダル。

 乱暴なことを言えば、日本の車いすバスケが世界に通用しなくても、たぶん誰も文句言わなかったと思う。でも彼らはあきらめずに進化を目指していた。オリもパラも同じ、結果が出た選手も出なかった選手も同じ、この夏それぞれがハードワークを乗り越えて、実りの日を我々に見せてくれた。いつだって好き勝手言いたい放題で、終わればたぶん多くが忘れてしまうだろう我々に。見ている側にとってオリパラは4年にいちどの点、やる側にとっては長い長い線。全然知らなかったけど、ずっとそこにあったんだ。たとえ誰も見ていなくても、常に全力で青い空のように、何度でもくり返し咲く花のように。だから私はスポーツを信じている。そしてたくさんのアスリートがそれぞれの志を連ねてくれたことに、心から感謝している。

 「やってみて判断しなさい。できなかったら、他の方法を考えてごらん」。おかあさんが鳥海くんにかけ続けたというこの言葉が、2021年夏の日本に痛切に響くように思えるのは、私だけだろうか。何もかも感染症のせいにして、やる前からあきらめてないか。翼はあるのに、飛べない理由ばかり探してるんじゃないか。

 「スラムダンク」の流川楓を彷彿とさせる、と話題になったけど、吊り気味の目に削いだような頬の線、細くて柔らかそうな髪、私は吉田秋生さんの「YASHA-夜叉-」を思い出したりしていた。鳥海連志選手、22歳。3年後のパリでもまだ25歳。次の次の次くらいまで楽しませてくれそうじゃないか、あとオリパラ3回分くらいなんとしても生き延びねば、と欲の深いスポーツバカはいまから鼻の穴をふくらませている。ここからまたしんどいと思う。でもきっと飛べるよ。だって飛んでたもん。目には見えないけど、あなたの翼をたくさんのひとが見て、たくさん力をもらったよ。

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