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物語「星のシナリオ」 -13-

いつかの夜と同じだった。ボクのもとに来た猫は、ヒョイっと空へ向かってステップを踏み、導くようにして振り返って言った。

「ほら、今日もきれいな虹がかかってる」

「あの星の世界へ案内してくれるの?」

「にゃ〜」

鳴き声につられて見上げた夜空には、ボクが生まれた時と同じ、消えゆく月が輝いていた。
そうしてまた、猫の後ろに続いて虹を渡り、はっきりとした意識の中で訪れた星の世界は、やっぱりあの時と同じように、楽しそうなエネルギーに満ちていた。
ただただ遊びに行く計画をたてている…そんな光景を、いつしか違和感なくボクは受け入れていた。

「地上の世界へ降りていくことは、歓びでしかないんだ。そして逆にこの世界に戻ってくることも、同じなんだよ」

「え。それってさ…」

その先の言葉を自分の口で言うことは、少しためらいがあった。猫の言っていることは頭ではわかったけど、すんなり受け入れるのは難しかった。

「人間はほとんどの人が、この星の世界のことを忘れて生きているからね。つまり彼らにとっては、地上の世界だけが『在る』。それ以外は『無い』んだ」

「在るものを失うのは、怖い」

「そう。でも、ほら」

猫のしっぽの先を見ると、そこで一人の女性がたくさんの人に囲まれて笑顔を魅せていた。

「あれは?」

「たった今、地上の世界からこの世界へ戻って来た人を、仲間が迎えてるんだ」

「それはつまり。死を迎えたってことだね?」

たった今…。地上にいる、あの女性を知る人たちはきっと泣いてるよな。でも、目の前に広がる光景は見事なまでに真逆で、何より当の本人がいちばん笑顔でいることが、ボクを少し混乱させていた。

「この世界に戻ってくるタイミングさえ、自分自身で決めて地上へ降りていくんだ」

「じゃあ、死ぬのは悲しくもないし、怖くないってこと?」

「逆なんだ。この世界のことも戻ってくるタイミングのことも忘れてしまうのは、『悲しい』も『怖い』も、他のあらゆる感情も体験するためなんだ」

「悲しいも、体験するため…?」

「うん、まあ理解しがたいと思うけどさ。ほら、この星の世界にいると感じるだろ。ここにあるのは「歓び」なんだ。逆に言えばそれしかない」

「それってさ、まるで好き好んでジェットコースターに乗ったり、お化け屋敷に入るようなもんじゃん」

「そう、それだよ。それに似てる」

「はあ?何言ってんだよ」

「感情も、それぞれの幻の設定でしかないんだ」

この世界に触れるたび感じるけど受け入れ難いこと。
生きるって、ただただシンプルに体験を楽しむこと。そのどんな体験も本当は歓びでしかなくて。本当は、大丈夫、な何かこう…見守られている中で遊んでいるようなもの。

でもさ、いや現実の世界で生きていくって色々あるよな。なんて言うかさ、こう…。この感覚の違いは何なんだろう。

「人間が、複雑にしているだけだよ」

猫が、まるで突き放すような声で言った。


つづく


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