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缶入り日本酒「ICHI-GO-CAN®︎」の可能性——伝統への理解と挑戦:Agnavi・玄成秀

この記事は、GOB Incubation Partnersが運営する「ウゴイテワカル研究所」でも掲載しています。

缶入り日本酒の「ICHI-GO-CAN(一合缶)​®︎」で日本酒業界の常識を覆そうとしているのが株式会社Agnavi代表の玄成秀(げん・せいしゅう)さん。

国内における日本酒の消費量は減少を続けています。そこにコロナ禍が酒蔵や飲食店にさらなるダメージを与えました。

そんな中で、Agnaviでは、瓶が主流だった日本酒市場に「缶」を導入。地方の酒蔵と一般消費者をワンストップでつなぐ仕組みを作っています。

「ICHI-GO-CAN」は株式会社Agnaviの登録商標です。
この記事は、神奈川県の「かながわ・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム(KSAP)」(運営事務局:GOB Incubation Partners)に採択された起業家へ取材したものです。KSAPは、社会的な価値と経済的な価値を両立させようと挑戦するスタートアップをサポートする取り組みです。KSAPの詳細はこちら

缶入り「ICHI-GO-CAN」で、日本酒はこう変わる

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玄成秀:Agnaviでは、提携する酒蔵の日本酒を一合分の缶に充填し、「ICHI-GO-CAN」ブランドとして、小売店への卸しや、自社のECサイトからの販売をしています。これまで主流ではなかった「缶」による日本酒展開により、酒蔵から、消費者までの新たな商流を構築しました。

日本酒の容器として最も一般的なのは、瓶で、缶の出荷量はわずかに過ぎません。

瓶は大きく重いため、持ちにくかったり家庭で保管しにくかったりするほか、割れる危険性もあります。小さいカップ酒もありますが、若者にとってはやや古臭いイメージもあるでしょう。

その点、缶は瓶よりも軽く、紫外線もカット。「一合(180ml)」サイズにすることで、持ち運びや収納もしやすく、手頃な価格で提供できます。四合瓶や一升瓶の場合、開封後それを飲み切るまでに少しずつお酒の鮮度が落ちてしまいますが、一合缶であれば、ちょうど良い量のお酒をフレッシュな状態で楽しむことができるのです。

アウトドアやホームパーティといったシーンでより身近な選択肢になれば、若者の消費が減っている日本酒を盛り上げることができるかもしれません。

1,400の地方酒蔵と消費者をつなげるゲームチェンジャーに

「ICHI-GO-CAN」の展開で新たな商流を構築することは、酒蔵や飲食店にとっても大きな可能性を秘めていると考えています。

日本酒の酒蔵は全国に1,400ほど(*1)と言われますが、そのほとんどは地方にある中小の酒蔵です。酒蔵のある近隣地域で楽しまれているローカルなお酒も多く、一般の消費者には馴染みのないお酒も数多くあります。

また、たとえ地方の日本酒を消費者に届けようとしても、そのお酒に馴染みのない人たちは、どうしても知名度や価格帯を重視して選びがちです。瓶のような大容量での小売展開だと、そうした傾向は一層強まるでしょう。

このように、現在の日本酒市場においては、全国各地の美味しいお酒が埋もれてしまい、私たち消費者にとっては出会いにくい環境になってしまっているのです。

若者の日本酒離れが進む中で、昨今ではコロナ禍がさらなる追い討ちをかけており、日本酒業界は苦しい状況が続いています。

Agnaviのミッションは「地方の歴史ある酒蔵が存続安定できるようにするためのゲームチェンジャーになる」ことです。ICHI-GO-CANを起点に、日本酒をワンストップで入手できる商流を構築することで、酒蔵や日本酒の魅力を伝えられると信じています。

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コロナ禍における酒類の提供禁止で苦しむ酒蔵を支援するため、2020年にAgnaviでは「日本酒プロジェクト2020」と題したクラウドファンディングを実施。東京農業大学や日立トリプルウィン(現MHCトリプルウィン)と連携し、総額2600万円以上を集めた。

今まで缶が広まらなかったワケ

こう書くと、日本酒を缶で売るという発想は一見当たり前のようにも思えますが、これまで広まっていなかったのにはやはり理由があります。

私が特に大きいと感じているのが、中小の酒蔵が抱える次の2点です。

1:缶の充填設備への初期投資とスペースの問題(ハード)
2:日本酒を缶で売ることへの心理的なハードル(ソフト)

まずはハード面の問題。缶の充填設備を導入しようとすると、数千万円規模の初期投資が必要です。生産量も限られる中小の酒蔵にとってはかなり難しい判断になります。

酒蔵だけではありません。卸問屋や小売店も、缶を扱うとなれば、従来あった瓶用の商品棚をすべて変える必要があります。酒蔵と店舗の間に立って、メリットとデメリットのバランスを取る存在がいなかったため、あえてリスクや手間をかけてまで缶を導入する必然性が薄かったのです。

そうしたハード面での問題に対してAgnaviでは、自社の充填工場を持ち、酒蔵から仕入れた日本酒を一合缶に充填して戻す、または販売するといった商流を設計しました。まずは酒蔵の負担を減らす形で日本酒をより多くの消費者に届けることを目指しています。

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(画像:株式会社Agnavi制作)

そして缶の流通が進まないもう1つの理由が、心理的な部分です。缶に日本酒を入れると鉄によってお酒をダメにしてしまうという意識が根強く、「瓶の方がおいしい」「瓶じゃないとダメだ」といった伝統を変えることへの抵抗感を持つ酒蔵も多いのです。

これは、実際に私が事業を立ち上げる中でも非常に苦しんだ部分でした。

「メリットに意味はない」——歴史ある酒蔵への“営業”に必要なもの

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(画像右:酒蔵をめぐる玄さん)

ICHI-GO-CANを立ち上げるにあたって、私自身、全国の酒蔵を1軒ずつ訪問して仕入れのお願いに回りました。

しかし、基本的には“一見さんお断り”。ゆうに100年以上の歴史を持つ彼らに、創業1年半のベンチャー企業がコラボを持ちかけているわけですから、無理もありません。上に書いたとおり、缶に対するマイナスイメージも強く、実際に仕入れをお願いするのは簡単ではありませんでした。

ですから、私がまず心掛けたのは、酒蔵の歴史や伝統、私たちとの立場の違いに対する理解やリスペクト持つことでした。

その上で「信頼」が大切です。酒蔵とのコミュニケーションで見られるのは「人」です。

例えば、私がICHI-GO-CANのメリットをどれだけ話してもあまり意味はありません。缶の優位性をデータで示しても、事業計画を細かく説明しても、この世界においてほとんど重要ではないのです。人こそが信頼の源泉なのです。

だから私が酒蔵を訪問する際には、「販売量を考えて、失礼にならないだけの在庫を背負う覚悟で来ました」と話します。覚悟を背負っていない人が信頼されるはずはありません。まずは自分が背負うものをきちんと伝えます。その覚悟に応えるように、酒蔵の方がお酒を振る舞ってくれることも多いので、一緒にお酒を飲み交わしながら話をすることもよくあります。

海外展開も進む日本酒市場、ICHI-GO-CANで見据える先

近年、日本酒の市場は頭打ちの状態が続いていますが、それでも私たちはこの市場にはさらなる成長の余地があると感じています。

Agnaviとして視野に入れていることの1つが海外展開です。政府は、農林水産物、食品の輸出額を2030年に現在の1兆円から5兆円まで引き上げることを計画しています。日本酒はその重点品目の1つです。

実際、日本酒の輸出額は2010年以降右肩上がりを続けており、コロナ禍の2020年においても前年よりその数字を伸ばしました(*2)。

最近だと、ヨーロッパで缶入りのワインが流行するなど、缶でお酒を飲む文化が少しずつ浸透し始めているようです。ICHI-GO-CANも海外展開においてその強みを発揮できると考えています。

Agnaviについて>
https://agnavi.co.jp

ICHI-GO-CANについて>
https://ichi-go-can.jp

*1: 国税庁「清酒製造業の概況(平成30年度調査分)
*2:財務省貿易統計

取材、執筆:「かながわ・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム」運営事務局(GOB Incubation Partners)

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