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【特集】変化するエストニア国防軍No.2 (防空編)

2022年11月、翌年3月に総選挙を控えたエストニアでは新興政党「エースティ200」(Eesti 200)が着実に支持を伸ばしていた。

Eesti 200の公約の1つは、仮想敵国の弾道ミサイル・巡航ミサイル・航空機・ドローンなどを対象に、エストニア全土を守る多層式防空網「カレヴィポエグ防空ドーム」(Raketikupli "Kalevipoeg")の構築であった。

※カレヴィポエグとはエストニアの民族叙事詩であり、そこに登場する伝説の巨人の名前でもある。

その背景には同様の多層式防空網を整備しているイスラエルと同じく、エストニアには国土に縦深が無いという点があり、都市部の重要インフラや軍施設を防空網で守りつつ、軍の本格動員までの時間を稼ぐというものであった。

旧ソ連軍のドクトリン(作戦教義)に依れば、強力な抵抗力を持つ敵軍相手に一日で50kmを占領しつつ前進するというものであった。(このレベルの機動が現代ロシア軍に可能なのかどうかは大いに疑問だが)理論上は短期間でのエストニア全土占領が可能で、またウクライナ戦争で見られたように開戦以降、ロシア軍はウクライナの重要インフラや軍事基地を標的に大量のミサイル攻撃や自爆ドローンによる攻撃を実施しており、都市機能や動員能力の維持のために防空網は必要であるという主張だった。

エースティ200の公約には2022年秋当時、エストニア国防界隈で広く訴えられていた「エストニア軍における中距離防空システムの不在」と、北の隣国フィンランドがイスラエル製都市型広域防空システム「ダビデスリング」(David's Sling)の採用を検討していた事も背景にある。

ユーロサトリ2018におけるイスラエル製多層式防空システム
短距離の無誘導ロケット弾や迫撃砲弾などを対象とする「アイアンドーム」、短距離弾道弾や巡航ミサイル対象の「ダビデスリング」、中距離弾道弾対象の「アロー3」から構成されている。

エースティ200の主張に対し、ハンノ=ぺブクル(Hanno Pevkur)国防大臣はへレム国防軍最高司令官の助言を受けた上で、「エストニアには2種類の中距離防空システムを整備する予算は無い」と述べた。

また、掲示板型SNSのRedditでも「エースティ200はマジックマッシュルームでも食べたのか?」というスレッドが立てられ、日本のBMD対応イージス艦の維持に1兆円近い予算がかかっている事や100%の迎撃確率の防空システム構築の困難さなどから非現実的であると語られている。

ここまで、計画倒れに終わりそうな「カレヴィポエグ防空ドーム」の話をしてきたが、現在のエストニア国防軍の防空能力については、ミストラル短距離対空ミサイルと旧ソ連製ZU-23-2(口径23mm)対空機関砲による近接防空が中心となっている。また、防空レーダーについては探知距離80-100km程度のスウェーデン製ジラフ(Giraffe)AMBレーダーを装備している。

MBDA製ミストラル近距離防空ミサイル。
エストニア陸軍第1歩兵旅団の防空大隊に配備されている。いわゆるMANPADと呼ばれるもので、携帯式の可搬型である。
エストニア陸軍の旧ソ連製ZU-23-2対空機関砲。
2024年度予算にて能力向上案が認められ、夜間戦闘対応能力が強化される見込みである。

2022年来、課題となって来た「エストニア軍における中距離防空システムの不在」については、2023年9月、エストニア・ラトビア共同でドイツ製Iris-T SLM中距離防空ミサイル・システムの購入が決まった。

※追記: エースティ200は、2023年3月の総選挙で11議席を獲得し、カヤ=カッラス首相の判断で連立政権入りしましたが、政治資金不足などから苦境が続いているようです。

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