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ノルドストリーム2建設に対する米国の制裁解除が引き起こす脅威

アメリカのバイデン大統領は、トランプ前大統領がノルドストリーム2の建設に対して課していた制裁を解除する決断を下した。バイデン大統領は「ノルドストリーム2の建設には反対だ」と述べたものの、制裁を解除することで認めたも同然で、実際にノルドストリーム2が開通すれば、これは地政学的には大きな意味を持ち、中東欧諸国に暗雲をもたらす可能性も高い。


多くの問題を孕む建設

 周知の通り、ロシアのガスはこれまでウクライナ、ベラルーシ、ポーランド、スロバキアを通って西欧に輸出されていた。それがロシアから直接バルト海の海底を通ってドイツに送るパイプラインを建設するとなると、地政学的にも生態学的にも多くの問題が浮上してくる。2005年に最初のガスパイプラインの契約が交わされた時から、ポーランドとバルト三国はガスパイプラインの建設に反対してきたが、それはこの契約が完全にこれらの国を無視した形で行われたからだ。
 生態学的観点から言えば、バルト海の海底には第一次、第二次世界大戦後の化学兵器が未だ多く残っていることがわかっており、パイプライン建設により、それが放出されることでバルト海の生態系に不可逆的な破壊がもたらされる可能性がある。バルト海沿岸諸国にとって、これは重大な問題である。それにもかかわらず、海底環境への影響について明確な調査結果を提示することなく、さらにはリトアニア、ラトビア、エストニア、ポーランドには何の相談もなく建設が進められたのだ(デンマーク・フィンランド・スウェーデンの海域は通るため、許可を得た)。
 地政学的な問題点としては、EU内ではバルト三国、ポーランド、スロバキア、EU圏外ではウクライナ、ベラルーシのエネルギーと経済の安全を無視した政策であることだ。ドイツとロシアは、これは経済的なプロジェクトだと言い、政治的な側面を否定しているが、多額の建設費を投資し、それが今後輸送国としての利益で採算がとれるのかさえ検討されずに着工したとなると、経済目的だけのプロジェクトだと信じ難いのは当然だろう。このガスパイプライン建設により、これまで以上にロシアはヨーロッパに対して圧力をかけやすくなり、ロシアと対立した場合、安定したエネルギー供給が侵されかねない。EUに加盟しておらず、過去に何度もエネルギー制裁を受けてきたウクライナはこれまで以上に独立が脅かされるだろう。また、ウクライナやベラルーシ、ポーランドはロシアからのガス輸送国としての重要性も失う。
 EUにとっても単一のガス源に頼ることになり、ロシアへの依存度が高くなる。それに伴いロシアのEUに対する影響力が増し、国家間の力関係も今後は変わっていくかもしれない。

米国の制裁解除の意味

 ポーランドにとってノルドストリーム2の建設は脅威で、ドゥダ大統領は訪米時にも当時のトランプ大統領にノルドストリーム2建設に反対するよう要請していた。トランプ前大統領はそれに同意し、ロシアへのエネルギー依存を批判するとともに、ノルドストリーム2の建設に参画していた企業に対し制裁を加えた。これにより、建設中止への光明が差したかに見えたが、大統領選による政権交代で状況は再び不安定になった。
 バイデン大統領は就任当初、ノルドストリーム2の建設に反対の意向を示していた。それにもかかわらず今回、制裁解除の決断に至ったのはなぜか。建設による弊害よりドイツとの良好な関係を優先したということだろう。共和党をはじめ、与党内でもノルドストリーム2の建設に反対する者は多い。それでも制裁解除に至ったのは、ドイツの現政権から何らかの圧力あるいは強い要請があったと考えられる。バイデン大統領は「ノルドストリーム2の建設に反対であることには変わりない」と付言したが行動を伴わないのであれば、やはりそれが真意とは捉えにくい。

ノルドストリーム2は完成するのか

 キリスト教民主同盟(CDU)のメルケル政権はノルドストリーム2の建設に積極的だ。だが、9月にドイツでは議会選挙が控えている。今月初めのアンケート調査ではキリスト教民主同盟とキリスト教社会同盟(CSU)の連立を抜いて緑の党が支持率のトップに立った。緑の党のアンナレーナ・ベーアボック党首の人気も高く、次期首相として誰が適任かという調査で首位を獲得した。同時期のインタビューでそのベーアボック氏は、ノルドストリーム2について「中欧諸国の考えには同意できない部分はありますが、やはり友好国なので彼らの意見を無視することはできません」と述べた。中欧諸国が建設に反対しているにもかかわらず、強固に建設を進めるアンゲル・メルケル首相にも反対の意を表明した。「ロシアの資源からの独立」というヨーロッパの決定に、ガスパイプラインの建設は矛盾するというのが緑の党党首の考えなのだ。また、ベーアボック党首はウクライナについても言及しており、ウクライナがガスの輸送国ではなくなることで、ウクライナの独立が危うくなる。だから、ガスはこのパイプ(ノルドストリーム2)を通るべきではない、との考えも示した。
 そうなると9月の選挙でどの政党が政権を取るかによって状況も変わるかもしれないとの期待も持てる。しかし、ノルドストリーム2はすでに9割以上完成しており、工事は最終段階に入っていると言っても良い。ベーアホック氏がインタビューの最後に言ったように「問題は、ガスパイプラインはバルト海の底にすでにあること」なのだ。ドイツの政権交代を予測して、9月までに完成あるいはほぼ完成という既成事実を作るために、現ドイツ政権とロシアが米国に早急な制裁解除を求めた可能性も考えられる。制裁を決定したのがトランプ氏となると、バイデン大統領の了承を得やすいと考えたのかもしれない。バイデン大統領にとって、ガスパイプラインの建設はドイツとの関係を悪化させてまで推し進めなくてはならない重大な問題ではなかったのかもしれない。その経緯はどうであれ、今回のバイデン大統領の制裁解除決定が今後の国際政治に及ぼす影響は大きいと言える。

地図はDziennik Gazeta Prawna より


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