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トゥスクの帰還

これまで何度もポーランドの政界へ復帰することを匂わせながらも戻ることのなかったドナルド・トゥスク(元ポーランド首相、元EU大統領)が、トゥスク曰く「100%戻ってきた」。市民プラットフォーム(PO)の会場は興奮に包まれ、反政府系メディアでの報道も「救世主」への期待感に溢れていた。市民プラットフォーム(PO)の党首、ボリス・ブトゥカの人気が低迷し離党者も増えていた市民プラットフォーム(PO)としては、久々の朗報に心躍らされるのもわからなくない。だが、トゥスクは本当に救世主になり得るのだろうか。これまで何度も国内政治に復帰のチャンスがありながら、なぜPO史上最悪の状態である今、トゥスクは復帰を決断したのだろうか。そして、トゥスクの復帰は今後ポーランドの政治に大きな変革をもたらすのだろうか。

党首としての帰還

ドナルド・トゥスクの復帰説は6月中旬に反政府系メディアが報道したところから始まった。これまでの経緯からして、私を含め誰もが最後までトゥスクの復帰には懐疑的だった。だが3日、法と正義(PiS)の党大会と同じ日を狙って、トゥスクはPOに党首として復帰する発表をした。7年間ポーランドの政治から離れ、今や議員でもないトゥスクがどうしていきなり党首として戻ることができたのか?

党首になるには通常、党内での選挙に勝たなくてはならない。だが、トゥスクは選挙を避けたかった。チャスコフスキがすでに党首選に立候補する意向を示していたからだ。ブトゥカの党首としての力量に対し世論でも党内でも批判が高まるなか、次期党首の候補としてあがっていたのがトゥスクと現ワルシャワ市長でPO副党首のチャスコフスキだった。世論調査ではトゥスクよりもチャスコフスキの方が次期党首として高い評価を得ていた。確かにトゥスクはPOの創設者で政治経験も豊富だが、7年間内政から遠ざかっている。一方、チャスコフスキは昨年の大統領選では決戦まで残り、最終的に現職のドゥダに負けたものの1000万票を獲得する僅差だったことは記憶に新しい。ブトゥカが辞任に踏み切ったなら、POの党首選でチャスコフスキはトゥスクと正面から戦う心算があったのだ。そして実際に戦っていたらチャスコフスキが勝つ可能性はあった。

だが、そうはならなかった。直接対決を避けたかったトゥスクは党に戻る約束と引き換えに、選挙をしないで自分が党首になる方法を提案した。党首が任期中に辞任し、党首不在となり選挙の立候補者もいない場合、党の規則に従うと4人いる副党首のうち、最年長者が任期まで臨時で党首を務めることになっている。副党首の中でトゥスクより唯一年上のエヴァ・コパチはトゥスクに席を譲るために辞任する。トゥスクが副党首の座に就くと、4人の副党首の中で最年長になるため、ブトゥカが党首を辞任して席を譲れば、自動的にトゥスクが党首になれる。これがトゥスクの提案で、それをブトゥカもコパチも受け入れたわけだ。さらに、2人目の副党首バルトシュ・アルウコヴィチも辞任し、副党首の座をブトゥカに譲った。トゥスクに党首の座を譲る代償として副党首の座をトゥスクがブトゥカに補償したからだ。党首選に意欲を見せていた3人目の副党首、チャスコフスキは、党内の上層部から「トゥスクが戻ってくるのをなぜ邪魔するのか」と批判を受け、不本意ながらも党首選立候補を取り下げざるを得なかった。このような複雑な過程を経て、トゥスクは3日、華々しく党首として帰還した。

なぜ今?

今回のトゥスクの復帰で誰もが疑問に思ったのが、なぜ今?ということだ。これまで何度も復帰のチャンスはあった。2019年にEU大統領の任期を終えたときも、翌年に控えていたポーランドの大統領選に立候補するのではないかという期待が高かった。その期待に応えての復帰というのもあり得たはずだ。当時より明らかに多くの困難を強いられる今、復帰を決めたのはなぜか、皆が探りたがるのも当然だろう。

一つの説は、自分が作った党を危機状態から救い、政権を奪還したいという強い意志が彼を動かしたというものだ。確かに、あと半年、1年と先延ばしにしていたら、POの状況は悪化する一方で手遅れになる可能性もあったと考えると、今がラストチャンスだったのかもしれない。もう一つは、ポーランド経済は今、7年前よりも潤っており、国民の生活水準も上がっているため、ヨーロッパを知るトゥスクが戻ることで、ヨーロッパの経済大国に近づきたいと望む国民から支持を得やすいと期待したからだという説。他にも、EU大統領退任後、欧州人民党の党首になったが、ポーランドの政界でもうひと花咲かせたいという政治家魂が彼を動かしたという説。さらには、EUの異端子、ポーランドをEU主要国ドイツに従わせるようにする任務をメルケル首相から言い渡されたという説まで出た。どの説が正しいのかは、現時点では本人以外、誰もわからない。

トゥスクが巻き起こす旋風

POの議員または支持者の中にはトゥスクが今の低迷状態からPOを救ってくれると期待する者も多い。確固たる政策やビジョンを持って戻り、今後はそれを実現すべく皆をリードしてくれるに違いないとの期待感が、POの議員やトゥスクを支持するメディアからは多く見られた。だが、その期待感とは裏腹にトゥスクのスピーチには、具体的なプラン、革新的なアイデアはまったくなかった。ヨーロッパや世界の著名人と懇意な間柄であることを言及した以外は、一貫して現政権PiSの批判に徹した。「PiSは悪でポーランドの害になる。だから悪は取り除かなくてはならない」と断言し、PiSはプーチンのロシアに傾倒しており、我々の力でポーランドをロシアからヨーロッパに方向転換しなくてはならないとまで言った。

トゥスクのスピーチを聞いて7年前と何も変わっていないどころか、7年前に言っていたことをさらにパワーアップして戻ってきたと感じた人は多いだろう。雄弁で人を惹きつける力はあるものの内容としてはこれまでの党首、ブトゥカやスヘティナが言ってきたことと何の変わりもなかった。2015年にPiSに政権を奪われたのは何が原因で、どこを正すべきだったのか。現政権の何が問題で、改革するためにどうしていきたいのかという将来への道筋が少しでも見えるような内容はスピーチの中でもその後の記者会見でも全く聞こえてこなかった。

明確になったのは、PiS、特にPiS党首のカチンスキに対する宣戦布告とも取れるような敵対心で、今後はPiS対PO、カチンスキ対トゥスクの対立がエスカレートするということだった。

トゥスクに立ちはだかる壁

カチンスキとの戦い、PiSに勝つという前に、トゥスクには乗り越えなくてはならい壁がいくつかある。一つは党内の支持を集め、政党として一体化させることだ。PO内でもトゥスク最盛期を知る年配党員は、トゥスクを支持しているが、それより若い党員の中には今回の党首選出方法を含め、トゥスクを支持していない者も多い。党内の非支持層をどうまとめ、引き寄せていくかは今後の大きな課題となる。

仮に党内で支持を得られたにしても、2年後の選挙で単独で過半数を取るのは無理に近い。そうなると他党との連立も考えなくてはならない。ブトゥカは大きく左寄りに舵をきったことで世論で支持を失った。それが記憶に新しいのでトゥスクは新左派と連立を組むことは考えないだろう。となると連立に最も適しているのはシモン・ホウォヴニアが率いるポーランド2050(PL2050)となる。

ホウォヴニアは昨年の大統領選に立候補して以来、支持率を急速に伸ばしていき、今ではPOを追い越し、PL2050は支持率では野党第1位となった。ホウォヴニアはトゥスクの復帰に動じることもなく、今後も自分の政党を発展させていくのみだと言っている。では、今後POとPL2050が連立を組む可能性は全くないのだろうか。そうとも言えない。ホウォヴニアは政治的狡猾さも備えた政治家だ。今のようにPOよりも優位または同等な状態であれば、簡単に連立に踏み切ることはないだろう。だが、選挙を目前にして連立を組めばPiSに勝利できる状態になった場合、条件が整えば連立に応じる可能性は大いにあるのではないか。ホウォヴニア自身は政党創設者でありながら議員ではない。PL2050の党員には議員がいるが、全て他党からの移籍者(そのほとんどがPOを含む市民連立からの移籍)で「パッチワーク政党」とも言われている。資金面や地方自治勢力においてもPOとは比べものにならない。これら全ての条件を鑑みてホウォヴニアは連立か否かの判断をくだすのではないだろうか。

チャスコフスキの行方

トゥスクの帰還で最も苦い思いをしたのはチャスコフスキだろう。彼はこんなに早くトゥスクが戻ってくるとは予想していなかったし、もし、戻ってくるとしても党首は選挙で決定されると信じていたに違いない。そしてその選挙で自分が勝利することも予測していただろう。結果的には戦わずしての敗北。トゥスクの党首就任について、チャスコフスキはツイッターに「ドナルド・トゥスク祝新党首就任」と書いただけで、メディアに対してもコメントを控えている。

トゥスクが2001年に自由連合(UW)から離党して市民プラットフォーム(PO)を結成したように、チャスコフスキもこれを機にPOを離れて自分の党を結成する可能性も考えられる。だが、ホウォヴニアと組むなど、現存の党と組んで新たな党を結成するならまだしも、独立政党を作って2年後の選挙に臨むのはかなり厳しい。別の可能性としては、4年後の大統領選をねらい、それに備えるというのもある。いずれにせよ、チャスコフスキは現職のワルシャワ市長なので、当面は市長職に専念しつつ地方自治を味方につけ、支持層を固めていくこともできるだろう。今後、もしかしたらトゥスクを脅かす存在になる可能性も皆無ではない。

期待より失望

トゥスクが戻ったことでどれだけPOは支持率を伸ばせるのか、2年後の選挙で政権を奪還することができるのか、現時点で明確な予測をするのは難しい。今後、支持率は一時的に伸びるだろう。だが、それを継続して維持できるかが問題だ。半年後も安定して高支持率を維持できていればトゥスクの復帰は成功で、今後の可能性も出てくるだろう。ただ、社会を惹きつけるような新たな政策やビジョンなくしてそれを実現するのはかなり難しい。トゥスクが首相を務めていた時代の汚職や否定的な事件を記憶している有権者も多い。そしてその記憶をよみがえらせるよう、今後カチンスキは積極的に働くだろう。過去の実績はプラスにもなるがマイナスにも働く。

トゥスクのスピーチからも明らかなように、今後はこれまで以上にポーランドの2極対立が激化するに違いない。2007年のトゥスク対カチンスキの戦いを再燃させる構えが両者にあるようだ。取り組むべき政治的課題をなおざりにして、両者が相手を負かすために戦う。トップを二分する2人にとってはある種の優越感を味わうことができるのかもしれない。だが、その被害者となるのは一般市民だ。この2極闘争の諸悪の根元はカチンスキやトゥスクの存在そのものにあるわけではない。双方が相手を悪、自分は善という見方でしか捉えられず、効果的な協力と批判ができないことにある。お互いが政治的重要課題について、客観的な視点で冷静に判断し、善悪、白黒ではなく個々の問題について対立すべきところでは正当に議論できるだけの器を持ち得ないことが問題なのだ。そういう意味で、今回ドナルド・トゥスクが7年前にポーランドの政界を離れた時とまったく同じ状態で戻ってきたことは、ポーランドやポーランド国民のことを思うと悲劇であり、期待や興奮より失望の方が大きい。

国を弄んで行われるこの戦いに嫌気がさすのを通り越し、嫌悪や怒りを国民が感じ始めた時、ようやく本気でポーランドを変える政治家が出現するのかもしれない。その時がくるのを期待したい。


https://www.se.pl/wiadomosci/polityka/najnowszy-sondaz-katastrofalny-wynik-ko-tak-zle-nie-bylo-nigdy-aa-yMoC-3Zaa-wjr5.html
https://wiadomosci.onet.pl/kraj/ko-zyskuje-poparcie-i-wyprzedza-partie-holowni-sondaz/rj2rp66
https://wiadomosci.onet.pl/opinie/tusk-wrocil-do-krajowej-polityki-kaczynski-walczy-z-nepotyzmem/l08tktf
https://www.youtube.com/watch?v=ZPLTxXvGAGw
https://dorzeczy.pl/tylko-na-dorzeczy/190256/trzaskowski-i-holownia-moga-pokonac-tuska.html
https://klubjagiellonski.pl/2021/07/05/powrot-tuska-czasy-ida-niebezpieczne-a-nas-czeka-kolejne-mordobicie-za-garazami/
https://www.youtube.com/watch?v=lXu-7MDcwAw&t=2978s

写真はRzeczpospolitaより


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