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波乱のポーランド大統領選2020

ポーランドの大統領選は予定よりも2ヶ月近く遅れた7月12日に決選投票が行われ、現職のアンジェイ・ドゥダ大統領が再選された。対抗馬の市民連合(KO)のラファウ・チャスコフスキは第1選から決選投票まで追い上げを図ったが僅差で敗れた。今回はコロナウイルス感染拡大を受け、異例の投票日延期となり、大波乱の大統領選となった。これまでにない長期戦、さらにコロナのために通常とは違う戦い方を強いられた候補者は、この5ヶ月をどう戦ったのか。大統領選により、今後ポーランドはどうなっていくのかをまとめてみる。


コロナウィルスの感染拡大と投票日の変更
当初の予定では、2020年の大統領選挙は5月10日に行われることになっていた。現政権の法と正義(PiS)が支持をする現職のアンジェイ・ドゥダに加え、市民連合(KO)からはマウゴジャタ・キダヴァ=ブウォンスカ、農民党/クキズからヴワディスワフ・コシニャク=カミシュ、左派からロベルト・ビエドロン、同盟からクシシュトフ・ボサクそして無所属のシモン・ホウォヴ ニヤが有力立候補者としてあがっていた。当初は、なかでも唯一の女性候補だったキダヴァ=ブウォンスカと現職のドゥダの対決になるだろうと予測されていた。だが、キダヴァ=ブウォンスカは公共で、そしてメディアでの失言が目立ち、支持率が低下していった。
選挙戦と並行してヨーロッパではコロナウィルスの感染が拡大していた。他国に比べて感染が遅かったポーランドでも、3月4日に初のコロナウィルス感染者が見つかり、そこから感染が急速に進んでいった。政府はイタリアやスペインでの感染爆発の教訓を生かすべく、早期に国境閉鎖、ロックダウンなどの対策を実施し、国民は自粛生活を強いられることになる。
このような状況のなか、選挙を5月10日に行うことへの懸念が候補者や国民のなかで高まっていく。憲法128条では「現職の大統領の任期終了から75〜100日以内の休日に大統領選挙を行わなくてはならない」と定められている。ドゥダ大統領の任期は2020年8月6日に終了する。つまり4月27日〜5月22日の休日のいつかに選挙を行わなくてはならない。5月10日の投票日は憲法に従って決められた日にちだった。野党は5月10日の選挙は国民の安全が保障されないとし、反対。だがPiSのカチンスキ党首は3月22日に地方自治体で行われた選挙での投票率が高かったことを挙げ、選挙を予定通り行うことを主張し続けた。しかし、アンケート調査では7割以上の国民が、5月10日の投票に反対しており、選挙を強行するのは困難になってくる。PiSは憲法に則り5月10日に選挙を安全な方法で行うために、郵便投票を可能にする法案を4月6日に提案。PiSを含む統一右派が過半数を占める下院では可決し、上院に持ち込まれた。上院は下院で可決後30日以内に審議し、決議しなくてはならないが、野党が過半数を占める上院では、市民プラットフォーム(PO)のトマシュ・グロツキ議長が、上院での決議をギリギリまで延ばし、5月5日にようやく採決し否決。6日に下院に差し戻した。下院は同日再度可決し大統領に提出したものの投票日は4日後に迫っており、グロツキ議長の狙い通り10日投票を行うのは物理的にほぼ不可能になった。


ゴヴィンと統一右派の危機
上記の状況に加えて、与党の保守連合の内部でも問題が起きた。PiSと連立を組むPorozumienie(合意)のヤロスワフ・ゴヴィンが、5月10日の郵便投票による選挙を推し進めるPiSのカチンスキ党首に反対し、5月6日に副首相を辞任。一時は統一右派がこれで崩れるのではないかとも噂され、市民プラットフォーム(PO)がゴヴィンを市民連合(KO)に引き寄せる動きも見られた。しかし、カチンスキとゴヴィンの間で話し合いが持たれ、投票日の延期を決定。ゴヴィンは副首相は辞任したものの、PiSとの連立は今後も継続すると表明し、野党との連立の可能性は絶たれた。同時にゴヴィンは代替案も提案した。本来、大統領の任期は5年だが、コロナウィルス蔓延という状況を鑑みて、特別に現職のドゥダ大統領の任期を2年延長し2022年までとしそれ以上のドゥダ大統領の任期継続は無しとする。そしてコロナの感染拡大が治ると予想される2年後に大統領選を行うが、その時はドゥダは立候補できないものとする。これがゴヴィンの代替案だった。
当時、ドゥダの支持率は伸びており、一時は50%を上回ることさえあった。一方、市民連立の候補者キダヴァ=ブウォンスカは、選挙戦での度重なる失言に加え「5月10日に選挙が行われるなら、立候補は取り下げないが選挙はボイコットする」といった理解しにくい理論を展開する。このような定まらない態度や失言で、支持率は4%にまで下り、市民連立内のPOの党としての存続も危ぶまれるようになる。5月10日にもし選挙が行われていたなら、ドゥダの圧勝に終わっていただろう。そうなれば2025年までドゥダが大統領を続けることになる。それは野党としては避けたかったに違いない。さらに、コロナウイルスの感染も今後どのように拡大していくかわからず、特効薬や予防接種もまだ開発されていない状況で、たとえ数ヶ月選挙の時期を遅らせたところで、状況がよくなっているという保証はなかった。そう考えると2年ドゥダの任期を延ばし、それ以上の継続はできないというゴヴィンの案は野党にとって有利に思えた。だが、PiSのカチンスキ党首はゴヴィン案に同意したものの、野党が反対したためにこの案は廃案となった。


投票日の延期と候補者の差し替え
結局、投票日の延期を見越して5月10日の投票は行われなかった。投票日をいつ設定するかについても与野党間で意見が分かれた。統一右派は大統領の任期終了前の早い時期に行うことを主張したが、POのトマシュ・グロツキ上院議長からは大統領の任期が終了した後に選挙を行うという大統領不在期間を作る案を示した。最終的には6月28日に第1回投票を行うことで下院で可決。今回は上院も採決を引き延ばすことなく6月28日の投票が決定した。
5月15日、市民連立は投票日が延期になったことを利用し、新候補者としてワルシャワ市長のラファウ・チャスコフスキをたてた。それに伴いキダヴァ=ブウォンスカは立候補を取り下げた。大統領選候補者としてKOから出馬したときのキダヴァ=ブウォンスカは、党の幹部に囲まれて華々しかったが、立候補取り下げのスピーチをしたステージには、党の仲間は誰ひとりいない寂しい退陣となった。KO以外はこれまでの候補者がそのまま継続した。チャスコフスキは立候補表明と同時にドゥダに次いで支持率2位となり、選挙戦を繰り広げるに従いさらに支持率を伸ばしていった。


大統領選第1回投票
第1回投票日の6月28日、投票は郵便投票と投票所と2通りで行われた。63.97%と記録的な高投票率は、大統領選への国民の意識の高さを表していた。結果は選挙前の調査結果とほぼ同じで、現職のアンジェイ・ドゥダ(法と正義)が43.5%、市民連合のラファウ・チャスコフスキが30.46%で決選投票へ進むことが決まった。無所属のシモン・ホウォヴ ニヤが13.87%、同盟のクシシュトフ・ボサクが 6.78%、農民党/クキズのヴワディスワフ・コシニャク=カミシュが2.36%、左派のロベルト・ビエドロンが2.22%と続いた。
第1回の投票で明らかになったのは、2005年にドナルド・トゥスクが大統領選で第1回投票では対抗馬のレフ・カチンスキ(法と正義の党首、ヤロスワフ・カチンスキの双子の兄弟)が勝っていながら決戦で敗れ、レフ・カチンスキが大統領になった時から続く法と正義(PiS)と市民プラットフォーム(PO)の対立という傾向はそのまま継続されることになったということだ。予想外だったのは同盟のボサクが票を伸ばしたことだ。若くして今回の選挙で知名度を高め、今後の政界での活躍も期待できるレベルに党を引きあげた。逆に農民党/クキズのヴワディスワフ・コシニャク=カミシュと左派のロベルト・ビエドロンは大きく後退した。ロベルト・ビエドロンについては、今後の政治生命も危ぶまれる結果となった。唯一無所属で出馬し、コロナの自粛期間もインターネットを巧みに利用して支持者を増やすのに成功したシモン・ホウォヴ ニヤはどうだろうか。3位につけ健闘したとは言えるものの、今後、独自の政党を形成して伸びていくには若干弱い。ボサクを除くどの候補者も、反PiS以外に政治的主張が明確に見えてこないのがやはり弱点だと言える。


ドゥダ対チャスコフスキ
決戦について言えば、過去に第1回の投票結果の順位を覆して当選したのは2005年にレフ・カチンスキが決戦でドナルド・トゥスクを上回り勝利したときのみだ。しかも1回目の選挙でのポイント差はわずか3.17だった。今回、ドゥダとチャスコフスキの差は13ポイントを上回っている。だが、他候補者票を引き寄せやすいのはチャスコフスキだ。クシシュトフ・ボサクを除く主要候補者に投じられた票のほとんどはチャスコフスキに流れると予測された。第1回の投票後、シモン・ホウォヴ ニヤとヴワディスワフ・コシニャク=カミシュはチャスコフスキを決戦では支持することを表明した。ボサクはどちらも支持しないと述べ、自分の支持者に対して、欠点の少ない候補者に投票するよう促した。7月12日の投票日までアンケート調査では両者の差は4%以上の差がつくことはなく、最後の最後までどちらが勝ってもおかしくない状況だった。決選投票だけ投票する有権者の票をどれだけ集められるかに勝敗がかかっているとも言われた。だが、面白いのは、左派のビエドロンに第1回目に投票した人のうち、38%が決戦ではドゥダに投票するというアンケート結果があったことだ。ビエドロンとドゥダでは政策的には対極にある。ということはドゥダとチャスコフスキ以外に投票した人たちのなかには、この2候補以外であれば誰でも良いというスタンスで投票した人が相当数いたとも言えるようだ。
第1回の投票から決選投票までの2週間は、両者とも積極的に選挙戦を繰り広げた。だが、どちらも選挙運動の内容としては物足りないものだった。相手の批判に徹し、今後の政策については明確な主張やプランは見えてこなかった。LGBTについてなど国政の本質とは外れた既に聞き飽きたテーマを両者とも争点とするマンネリ化したやり方は新鮮さも面白味も欠くものだった。
ドゥダはこの5年間の成果を主張。さらに大統領は2期までで3期はないため今回がドゥダにとっては最後の任期になるため、当選後の5年間はこれまの政策をさらに発展させるものになるだけでなく、与党とのしがらみもないのでこれまでとは違った任期となる、と有権者に期待を持たせた。対するチャスコフスキはこれまで反カトリック教会的な主張をしていたのが、それを否定するような発言を繰り返し、他にもPiSが推し進めてきた独立記念日の行進に自分も参加したいし、大統領になったらPiSと対立するのではなく協調していきたい、など与党に対する融和を強調し、現在、政治的に二つに分裂しているポーランドを一つにするように努め、どの党にも加担しない大統領になると約束した。だが、実際にはチャスコフスキがこれまでやってきたことと、これらの公約は真逆で、政治に関心のある人であれば、選挙に勝つために用意された公約だとすぐにわかっただけでなく、むしろ状況により意見が変わることに対して不信感を抱いた人も少なからずいたことだろう。
今回の大統領選決戦で異例だったのは、一度も両候補者が出席する討論会が開催されなかったことだ。通常は選挙前に少なくとも一度は国営テレビで選挙前討論会が開かれる。しかし、チャスコフスキは国営テレビが与党寄りで野党候補者にとっては不利な質問を投げかけられかねないことに反対してボイコットし、討論会が計画されていた同じ日の同じ時間に反政権系テレビ局で討論会を別に企画し、逆にそこにドゥダが来るように促した。結局、両者とも譲らず、同日同時刻に相手のいない「討論会」が2つのテレビ局で開催される結果となった。


決選投票と選挙の無効
決戦投票日の7月12日は、既に夏休みの時期に入っていたにもかかわらず、第1回の投票を上回る68.18%と過去最高の投票率となった。結果はアンジェイ・ドゥダが10,440,648票、得票率55.39%で勝利。ラファウ・チャスコフスキは10,018,263票、得票率48.97%だった。僅差で負けたチャスコフスキは、ドゥダには勝てなかったものの短い選挙期間でここまで票を集められたことに対する勝利を支持者に告げた。
興味深かったのは、選挙後の両陣営の様子だった。ドゥダ陣営は集まった支持者たちがポーランドの国旗を振り、ステージに立ったドゥダは紅白の国旗に埋もれるようにさえ見えたのに対し、チャスコフスキ陣営ではよく見ると1本EUの旗とともに国旗があったようだが、それ以外に国旗は全く見られなかったことだ。ドゥダはポーランド中心のアメリカ寄りの政治なのに対し、チャスコフスキはEUのなかのポーランドという政治の違いが顕著に現れた光景だった。選挙結果が出る前の選挙後、最初のスピーチで、ドゥダは選挙戦での相手に対する行き過ぎた批判を詫び、当選したらポーランドをひとつにまとめていくことを誓い、チャスコフスキと握手を交わすために大統領官邸に招待した。だが、チャスコフスキは忙しいことを理由に保留とした。チャスコフスキ側は一度は敗北を認めたものの、後にメディアやチャスコフスキ支持のセレブリティの押しもあり、選挙の無効を訴えた。選挙運動期間中、国営テレビや国が財政的に関与してドゥダに有利なように働いたというのがその理由だ。だが、現職の大統領が通常の政治活動をすることで、テレビを含め露出率が増え、他の候補者と比較してある程度有利になるのはこれまでも普通にあったことで、今回だけが特別公平さを欠くと認めさせるのは難しいだろう。


選挙結果から見えてくる今後
決選投票まで持ち込み、かなりの得票率を得ながらもチャスコフスキが敗れた敗因は何か。ひとつには最後の討論会をボイコットしたことが挙げられる。国営テレビが主催するため、確かにチャスコフスキには不利な質問が投げかけられることはあり得る。しかし、それでもポーランドの融和を謳って選挙戦を進めてきたのであれば、それを否定するような行動に出ることで、印象を悪くしたのは確かだ。そしてやはり致命的なのは、これまでと変わらず、市民連立をはじめとするほとんどの野党は「反PiS」を掲げるだけで、実際に政権を手にしたときの政策が具体的に見えてこないことだ。2015年までのPiSがそうだったように、単に政権を批判するだけでは国民の理解は得られず、説得力も欠く。国民の多くはPiSとPOの対立には飽き飽きし、疲れており、それを超える何か希望を感じさせるような政策を打ち出さない限り、PiS批判だけでは勝つことはできない。そういう意味で、今回の選挙でボサクの同盟が支持者を急速に増やすことができたのは明確な主張を打ち出すのに成功したからだろう。
では、今後もPiSは安泰か。そうとも言えない。今回の選挙では僅差で逃げ切れたが、3年後の議会選挙でまたPiSが勝利できるかどうかはわからない。決戦での票は、ドゥダまたはチャスコフスキの支持を示す票ではなく、反ドゥダまたは反チャスコフスキを示す票で、両者の支持を本当に示しているのは第1回の投票で得られた票数だ。だとすると、国民のうち1000万人はドゥダに反対しているということになる。それをひとつにし、まとめていくのは容易ではない。これまでは小規模市町村、年配者、カトリック信者の票を集めることで勝ち抜いてきたPiSだが、今後は都市部の若年層の共感も得られるような政策、テレビだけではなくテットを駆使した政治活動が必要となってくる。今回の選挙ではコロナで通常の選挙運動ができないなか、シモン・ホウォヴ ニヤがネットやSNSを巧みに利用してネット利用者の票を伸ばしていったように、PiSもネットを使って若年層への情報発信が今後は求められる。
ドゥダが選挙直後の演説で述べたことが真実で、ポーランドをひとつにまとめていく方向に尽力し、PiSをもその動きに導くことができたなら、今後の可能性も見えてくるかもしれない。今回の選挙でチャスコフスキが当選していたら、議会で決定したことも大統領拒否権を行使し何も進まなくなり、ポーランドの政治はカオス状態に陥ってしまうと懸念する声が多く聞かれた。一方ドゥダはカチンスキ党首のマリオネットで、PiSが議会で決定したことにサインをするボールペンでしかないと言われていたのも事実だ。大統領最後の任期をこれまでどおり、マリオネットとボールペンで終わらせるか、それとも15年にわたって続いてきたPiSとPOの対立を終わらせ、国民が納得のいく政治に向けて舵を取り歴史に名を残す大統領になるか、アンジェイ・ドゥダの最後の任期に注目したい。
https://dorzeczy.pl/kraj/139592/wybory-hybrydowe-oto-propozycja-gowina.html
https://wybory.gov.pl/prezydent20200628
https://wiadomosci.wp.pl/wyniki-wyborow-2020-prof-antoni-dudek-boje-sie-zadania-ponownego-liczenia-glosow-6531402698320001a?c=96&fbclid=IwAR3pcqYm6q4UecD2RRUJH1kaZLs1btreAKowPq5PoJOZHfoJJgRlzX-A1ko&src01=6a4c8
https://dorzeczy.pl/kraj/146746/wiec-trzaskowskiego-bez-bialo-czerwonych-flag-komentatorzy-w-szoku.html
https://klubjagiellonski.pl/2020/07/13/po-wybrala-hegemonie-zamiast-pokonania-dudy-pis-uruchomilo-swiatopogladowe-wahadlo-10-wnioskow/?fbclid=IwAR09WuU1QXV8M8EHFjQLE5SiGRnWwbeCMy8PkPGKa5jHWkWMZWAeifkFtb8
https://www.onet.pl/informacje/onetlublin/wyniki-wyborow-prezydenckich-2020-przemyslaw-czarnek-prezydentowi-udalo-sie-poszerzyc/vbl474g,79cfc278?fbclid=IwAR16msAoQLibDGHXMGIPinhb0Fnyx0qtogCY3W07fzMlUrtg1vJEiX6JbaU
https://wiadomosci.gazeta.pl/wiadomosci/7,143907,25978733,wybory-prezydenckie-2020-tomasz-grodzki-dopuszczam-sytuacje.html

*写真はRMFより。


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