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僕たちは世界人として生きよう  新見正則

昭和41年からだって知ってた?

認知症が進んで亡くなった母が、心も体も元気な時に、そして僕が子供の頃にも、「建国記念日は、昔は紀元節と呼ばれていた」と話していました。
調べると、1874(明治7)年、2月11日を紀元節にしたそうです。
紀元節は1948(昭和23)年に一度廃止され、
1966(昭和41)年に「建国記念日」とされたそうです。

大切な日なのに、なぜかドラマを感じません

建国記念日と聞いても、ちょっとピンと来ません。
アメリカは独立記念日が7月4日で、
それは1776年のアメリカ独立宣言が公布された日です。
フランスの革命記念日は7月14日で1789年のフランス革命の年にバスティーユ牢獄を奪取した日です。

それぞれ外国人の僕でもドラマを感じます。
しかし日本の建国記念日にはドラマを感じません。
紀元節は古事記や日本書紀で日本の初代天皇である神武天皇の即位日だそうです。紀元前660年の旧暦1月1日だそうですが、あまりに昔すぎますね。

中国では国慶節だよ

日本は幸いにして天皇家が続いています。
第2次世界大戦での敗戦でも途絶えることなく、現在に至っています。
中国では何度も王朝が変わり、そのたび昔の文化を徹底的に否定して、今日に至っています。

ちなみに中国の建国記念日は10月1日。
1949年に天安門広場で開かれた中華人民共和国の建国式典の日で
国慶節と呼ばれています。

自由を謳歌してありがたみを忘れる

日本にいるとあまり国家のありがたさを感じません。
日本が本当に民主主治国家としては良すぎるくらい住みやすいからだと思います。公然と国家のトップを批判しても、逮捕されることはありません。
政府へのコメントでSNSが遮断されることもありません。

一方で中国では中国共産党に対するコメントを中国人は控えています。
少なくとも、僕が中国語を教わっている大連の先生はそう言います。
スマートフォンの情報も基本的に抜き取られていると思っているそうです。
それでも、国民にとって大問題とならないのは
「今の政府で御利益も多いから」と言っていました。

居場所を変えれば見える景色も違う

1993年から5年間イギリスのオックスフォードに滞在していました。
旅行者としてではなく、移住者として住むといろいろな軋轢を感じました。
大学内ではそんな軋轢は味わいませんでしたが
街に出るといろいろと差別的なことを経験しました。
そんな生活がある程度続くと、もの凄く愛国精神が芽生えるのです。
対日戦があれば熱狂的に日本を応援します。

国際試合で日本が登場すれば、夜中でも早朝でも歓喜して応援します。
そして、愛読書は司馬遼太郎の「坂上の雲」でした。
冒頭の「まことに小さな国が、開化期を迎えようとしている」で始まる小説です。明治期のよちよち歩きの国家の日本が日露戦争に向かい、
奉天大会戦や日本海海戦に大勝するまでを描いた物語です。

当時はこんな愛国主義をくすぐる小説をむさぼり読みました。
日本という国を感じた時期でした。
帰国後、そんな愛国主義はだんだんと萎え、
日々の暮らしのちょっとした幸せを描く藤沢周平の小説が好きになりました。

国を守るか、捨てるかの選択

今の僕の関心事はウクライナの今後です。
アメリカとロシアの出方次第では、相当な惨事になることも考えられます。

もしも自分がウクライナの国民なら、サッサと国を捨てて逃げ出すか、
それとも戦場となる国に残り闘うのか、どんな選択に迫られるのでしょうか? 

僕たちは世界人として生きよう

18歳の娘には「世界人として生きていけばOKだよ」と伝えています。
外国で勉強してもいいし、働いてもいい。

外国人との結婚も否定しないし、日本国籍にこだわる必要もない。
日本も80年近く戦争を経験していません。

もしも日本がウクライナのようになったら、僕たちはどうするのでしょう? 
台湾有事でも、北朝鮮の暴走でも、日本は安泰でいられません。

そんな緊張感が増したとき
やっと忘れていた愛国心に火が付くのかもしれませんね。


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