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BOOKREVIEW  『てんかん臨床に向きあうためのシナリオ』 岩佐博人著

評者 古関啓二郎・木下記念学園クリニック院長
(精神科専門医・指導医)

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不思議なことだが、精神科を志望する若い医師は飛躍的に増えたのに
てんかんと精神分析を学ぼうという人は激減してしまった。

私の経験で言えば
てんかんを勉強することは脳の構造と機能を知ることにつながり、
また精神科医としてこころというものについて学ぶ上でも
向精神薬の働き方を知る上でも
大きな影響があったのだろうと思う。

今も、こころ(精神)とか、精神疾患とかは
解明されたというにはほど遠い状況にあるのに
脳の構造、こころのメカニズムの基本的知識への渇望が失われたのだろうか。

しかし、それだけではなさそうである。

思えば、てんかん学も精神分析学も、難しく思わせるような用語
方法論で近寄りがたいものと感じられたのではないか。
あるいは、近寄りがたいオーソリティを感じさせたのだろうか。

この本(シナリオ)は、そうした状況への危機意識から書かれた本であると思う。

てんかん診療に踏み出すのに躊躇している若手精神科医へのメッセージであり
患者のこころを巡る課題を見落としがちなてんかん医療への提案である。

この本では、まず第2章で、著者の経験した症例を呈示し
コメントを書くスタイルにしている。

コメントは解説であるが、著者の心の動きでもある。

こころの問題を扱うには、自分のこころも見通す必要があるわけだが
それを示唆した書き方で
精神科医の診療スタイルを示そうと試みている。

第3章では、「てんかんを覆う霧を払う」と題して
基本的なことだが、曖昧だったことを平易に解説している。

言うなれば、今更聞けない基本的なことを詳述している。
私としては、最も気に入り、勉強になった部分である。

第4章は、薬物の使い方である。

薬物療法に精通した著者のコラム「抗てんかん薬選択の個人的シナリオ」は
著者がよく使用する抗てんかん薬を簡明に解説してくれて
大いに参考になるところである。

第6章、7章で、精神科医の診療スタンス、てんかん精神病の意味と症状
さらにより深い患者理解の本質まで概説している。


相手を知ろうという姿勢は重要である一方で
「わかった」という姿勢は決して良い結果をもたらさないということである。
そのような難しいことまで、著者は誠意を持って伝えようとしている。

著者は、精神科医として、長らく日本てんかん学会の理事をされており
てんかんの診療を単なる発作を止める医学ではなく
患者の心理的回復、社会適応まで考える包括的医療を志向してきた人である。

精神医学の観点を踏まえて書かれた初心者向けの本はほとんどなかったし
著者はそれを書くのに、最も相応しい人である。

特に、若手のてんかん診療医(精神科以外の専門医、専門医以外の医療関係者)
てんかん診療を遠ざけている精神科医に一読を薦めたい。


本書のまえがきより

 多くの方は「まえがき」に目を通し、その書物が読むに値するかの目途をつけるのではないかと思います。しかし、初っ端から読み飛ばされては元も子もないのでここではあまり余計なことは述べないようにしたいと思います。 

本書は、特別ではない「普段」のてんかん診療の経験や対応について、折に触れ考えたことを綴ったものです。本文中でも随時触れましたが、必ずしもスタンダードと思われる対応ではないこともあえて記しましたので、本書の記載をそのまま踏襲すれば理想のてんかん医療が実現するという指南書でもありません。

本書の構想が浮かんだのはずいぶん前になってしまったので、いつごろ、どのようなきっかけだったのか記憶がおぼろげなのですが、「どうして、てんかん診療は良くも悪くも特別扱いされるのだろうか?」裏を返せば「全然特別じゃないのに」という思いが根底にありました。結果として、「普通」のてんかん臨床と精神科臨床の現場で行ってきたことや考えたことを記した内容となりましたので、足場がぐらついたままの部分もあります。

 本書は、一応てんかん医療に関わっている(関わらざるを得ない、または関わり始めた)、医療・福祉関係の方向けに書いたつもりですが、専門(医)云々とは関係なく何の準備もないまま気楽にどこからでも、一部だけでも(できれば通読していただきたいのですが)、目を通していただければ幸いです。そして、てんかん医療のごく基本を踏まえつつ、そこに精神医学的あるいは心理学的な視点を織り込むことがさほど特別なことではないことを感じてもらえれば幸いです。

 なお、本書の内容については、共同執筆・執筆協力者との直接または間接的な議論のうえで志向性を共有しておりますが、編著者が一貫して表現などは統一し、最終的には編著者の個人的見解を述べた部分も多くあります。よって、本書の内容の全ての責任は編著者にあることを申し添えます。         岩佐博人

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