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「表現する意味を問う」中2のスケッチの授業

はじめに
ここ最近、生成AIの発展が目覚ましく、さまざまなアプリやサービスが展開されています。各企業でも生成AIをいかに使うか、というセミナーなどSNSでは多くの広告を目にするようになりました。義務教育段階でも生成AI活用を積極的に取り組ませ、考えさせる授業が頻繁に行われています。リーディングDXスクール事業においても生成AIパイロット校を募集し、全国に100校程度、生成AIを授業や校務で活用する実践を日々研究しています。さて、このような状況下で美術の授業もアップデートする必要性があると感じています。むしろもっと前から変わる必要がありましたが。これまでの美術の授業を改めて見つめ直し、一気に変革するのではなく、少しずつ変えていくようにしています。今回は生成AIを中学校美術の授業でどのように扱うか、さらには生徒とどう出会わせるかについて、実践事例を基に紹介します。

これまでのスケッチの題材
これまでの授業では、身近な植物を観察して気軽にスケッチする題材を1年生で行ってきました。写実的に描くことが一種の「正解」と思われがちなスケッチの題材ですが、本校では植物の「生命力」に焦点を当て、どのように感じ、どう表現するか、という生徒一人一人の見方や感じ方に寄り添った授業を心がけています。1生の最初のうちに一人一人の感じ方の違いや表し方の違いに気づかせ、多様性について学ぶとともにそれぞれの表現を尊重する姿勢を育むねらいがあります。また、小学校での材料体験や描画材の経験などを把握するねらいもあります。生徒の表したいイメージ(主題)に合わせて描画材を選び表現していくのですが、色鉛筆や絵の具のほかに、水彩色鉛筆やパステル、サインペンなどを用意しておき自由に試せる環境をつくっています。
これまでスケッチとして長年取り組んできた題材ですが、生徒1人1台タブレットがあることから新たな題材へとアップデートしてみようと思ったのです。描画材料の中にデジタルを入れてみてはどうだろう、写真を使ってみるのも面白そう、生成AI は・・・という感じで、スケッチの授業に写真と生成AI での表現を加え、「それぞれのよさや使ってみての感想」を作品とともにまとめてもらい、全員で共有しながら対話を深めました。

授業の構成は、全4時間
1時間目 :題材の概要を説明し、校地内でゆったりと自然に触れながら植物を観察したり写真を撮ったり、スケッチしたりしました。
2~3時間目:スケッチへの彩色や再度写真撮影などを行いました。
4時間目 :生成AI でプロンプトを打ち込み、イメージを生成しました。それぞれの表現の違いやよさ、表現してみての感想、みんなの作品を鑑賞した感想をデジタルの振り返りシートに記入し班ごとに相互鑑賞しました。

授業で示したプレゼン資料
植物の写真をとっている様子
写真② 一眼レフカメラで撮影した生徒作品
写真③ スケッチの様子
Canva※で扱える生成AI。プロンプトを打ち込み、写真の右側にあるようなスタイルを選択すると一度に 4枚の画像を生成してくれる。この画像は同じプロンプトで何種類もスタイルを変えて貼り付けている。

※Canva はオンラインで使える無料のグラフィックデザインツールことhttps://www.canva.com/ja_jp/learn/easytodesign/

今回の授業ではデジタルのシートを用意し、常に誰がどのようなことをしているか見える状態(他者参照できる状態)で制作を進めました。特に、表現することに苦手意識を感じている生徒にとっては、立ち歩いて見に行かずとも表現の違いや言葉が書かれてあるのでヒントを得ることができます。(もちろん必要な時は立ち歩いて直接聞いたり相談したりもします)スケッチに関しては、ハガキサイズの紙を渡しているため時間的に間に合わないということはありませんでした。納得がいかずに描き直す生徒はたくさんおりました。それほど自分の表したいことをしっかりともっていたということかもしれません。本当は全ての生徒のレポートを載せたいのですが、ここでは一部の生徒のものをご紹介します。実際にスケッチしたものを写真に撮りデジタルのシートにはめ込んでいます。左側からスケッチ、写真、生成AIの順番です。ここに載せた生徒の振り返りの文章の文章もご覧ください。(原文まま)

生徒作品と振り返り

生徒作品①

①AI は人間には表現できないことができてすごいと思いました。例えば、立体感や明るさだと思いました。ですが、その分AI には人間が思っている気持ちや考え、言葉を表現することが出来ないことに気づきました。

生徒作品②〜⑤
生徒作品⑥〜⑦

②「生成AIは自分は嫌いでした。自分が思っていることが表現されないし似ているというのを見つけても自分の理想には近づけなかったので難しかったです。でも理想が定まっていなくてある程度決まっているのを探すのにはちょうどいいのかなと私は思いました。みんなの作品を見ていてスケッチが一番みんなの感性がよく出ていて楽しかったです。表現するというのは、自分の考えや発想をまっすぐ相手に伝えられるとてもいいことだと感じています。」

③「スケッチは、本当は違う姿だったとしても自分が感じたことやその植物の魅力を最大限に表現できる方法なのではないかなと思いました。また、今回の授業でいろいろな人が見た時に一番身近に感じられて、あたたかみがあるのはスケッチだと思いました。写真は自分の好きなように大きさや色は変えられないけれど、その分構図を考えることに時間をかけられるし、自分が見たものをありのままの状態で表現できるのがいいところだと思います。生成AI は、何よりも制作の時間が短縮できること、自分の技術では表現しきれないものを簡単に表現できるところがいいとこ
ろだと思いました。」

④「AI は、様々な画角からの絵や、自分の思い通りのものを作成することが難しい
と知りました。スケッチなどと比較してみて、写真だけでは伝わらない生命力を、
スケッチをすることによって色の濃淡や線の太さで表すことができると感じました。表現するということは、そのものを見て感じた感情を、自分なりの方法で表すことだと思いました。写真は、スケッチでは表しきれない細かい部分や自分の目から見たものを正確に表すことができると思いました。」

⑤「AI に自分が絵を見て感じたことを打ち込んで作成してみた結果、似た絵はでき
たけど同じ絵はできなかった。人間が感じることができる生命力は人それぞれなた
め、AIには再現できないことが分かった。人間はAIとともに生きていくために
もAIには捉えきれない感じ方、見方、表現の仕方が必要だと思った。自分はAI
は便利だけど目的がはっきりしない感じがする。表現することとはその自分の感じ
方の共有、自分の感じ方の主張などと思っています。手書き(自分なりの表現、感じたことをそのまま描ける)、写真(その物をそのまんま写せる)、AI(どんな絵でも自分のイメージを打ち込めば表現してくれる)と表現には様々な方法があるため全部使って試してみてその絵が一番きれいに表現できるものを採用したい。」

⑥「スケッチ、写真、生成AI を比べると、私はスケッチの方が価値がある作品だと
思います。理由は、人間のぬくもりが感じられるし、AI に負けないくらいの想像力
があるからです。写真だと現実世界にあるものしか撮ることができないし、生成AI
もネット上にあるものを組み合わせたりしてしか想像を膨らますことができないの
で、スケッチは一番価値があると思いました。でも写真もAI も表現をするためには
大切な材料だと思います。写真はスケッチをするときのお手本であり、一番実物に
近いものなので、この写真から想像が広がると思います。AI は表現が思いつかない
ときの材料になるので、参考程度に使えると思います。スケッチするときは、いろ
んな写真やほかの人の作品を参考にしてみたいと思います。」

⑦「スケッチは自分が思ったようにかけるし、今回のお題の生命力をしっかり表現
できるけど、AI は自分が思ったようには出てこないし、「生命力」は表現できてい
なかったけど早く簡単に画像を出すことができるから、いいっちゃいいけど自分的
には、スケッチの方が「生命力」を分かりやすく表現できたと思いました。色んな
人の作品を見て同じものなんだけど見方によって表現の仕方が異なることも知れま
した。3つを比べてみたら、生命力は自分たちで書いた絵の方が表しやすいし、伝
わりやすい。写真は、みんなが見慣れているから不自然じゃなく自然と分かりやす
くなっている。AI は、文字を打ち込むとすぐパってイラストを出してくれるけど
思っていることがたまに出てこなくなったりもする。その3つはいいところもある
けど悪いとこもあるので場所や目的によって、どのように表現するか考えたいと思
いました。」

対話を終えて
彼らが使った生成AI はCanva に搭載された描画系のものでした。思い通りにはなかなかいかずに何度もプロンプトを打ち込んで自分のイメージに近づこうとする姿が見られました。今回は生成AI を初めて使うということもあり、イメージをうまく言語化できない生徒もいました。「イメージを言語化する力というのも今後必要になるスキルかもしれないね」と話したところ、「言葉にできないイメージがあるからスケッチとかがあるんじゃないですか?」と。教室にいるほぼ全員が「お~!」と共感的な反応を示しました。「AI が描いたものに著作権はあるの?」という疑問を抱く生徒もいました。もちろん人が創作したものに関しては「著作権」というもので守られます。日本の法律では、思想や感情をもたないAI が生成したものには、著作権が発生しないと解釈されているようです。②の生徒が感じたように、案やアイデア出しなど発想を広げる一つの方法としての使い方もあると思います。(AI が生成したものに人が手を加えて作品化した場合の著作権等については曖昧になっているようです。)また、⑥の生徒が書いたように、「目的がはっきりしない」という意見もありました。生成AI に描き出してもらう目的があるからこそ生成AI を使うわけで、目的のない使い方はそもそもしないのではないかと思います。落書きなど、授業中に意味もなく描く線とか、描いていくうちにイメージが広がり何かの絵になるという経験は誰しもがあるのではないでしょうか。そうした潜在的にあるイメージを体を動かしながら徐々に具現化していく創造的な営みがスケッチには含まれていると思います。どれだけAIが発達しても自ら描くという行為は美術科として大切にしていきたいと感じました。生徒の発言にもあった「言葉にできないイメージがあるからスケッチとかがあるんじゃないですか?」まさにその通りだと思いました。

最後に
今回の実践は、美術科として生成AI とどう付き合っていくか、という一経験に過ぎません。造形的な見方や考え方を育んでいく教科では、表現しながらともに考えるということも必要になってくると思います。AI で作って提出すればいいや、という授業にしないためにも適切な接し方付き合い方を各教科で触れていく必要があると思います。今回使用したCanva というアプリはテンプレート系のもので多くのサンプルの中から自由にデザインを選び文字や写真等を変えてポスターや動画などを創作することができます。その他にもAdobe が提供しているAdobeExpress なども同じテンプレート系のデザイン支援アプリがあります。学校現場に導入している自治体も増えてきていると感じます。こうしたテンプレート系アプリが出てきた頃、真っ先に「デザインの授業はどうなるのか?」と心配した記憶がありました。なぜなら、簡単に作品が出来上がるからです。今ではそんなことを考えなくなり、むしろ積極的に活用している現状です。自分自身の授業感がアップデートされ、作品制作を目的にせず、資質・能力の育成を目的にしているためです。ICT や生成AI を美術の授業で使うことで授業観がアップデートされ、より本質的に美術の授業を考えるきっかけになると感じています。


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