見出し画像

【妖怪百科】歯痛殿下

 水木しげるの妖怪大百科世界編によると、 ベルギーに歯痛殿下という妖怪がいるらしい。 歯痛殿下が電気の走る細い指で歯に触れると、 痺れるような痛みが全身を貫くと言う。
 私は翻訳などの仕事に携わっているのだが、どうもこの歯痛殿下は誤訳のもとにうまれたようだ。仕事では絶対やってはいけないことではあるものの、こういった誤訳が転じて真となるようなことはよくある話で、なんとも魅力的な妖怪が生まれたものだ。ベルギー発祥とされているが、歯痛殿下は誤訳が発生した日本にしか存在せず、日本の妖怪だと言っても過言ではない。水木イメージが定着している歯痛殿下ではあるものの、指先から電流のようなもので歯痛を引き起こすという設定から、私はフェンシングのポーズを取らせたくて、この構図を思いついた。ヨーロッパといえばフェンシング。ベルギーといえばチョコ。チョコといえば虫歯の元という圧倒的に安易な連想をそのまま具現化したところ、鮮やかで類を見ない歯痛殿下が完成したというわけだ。

 殿下とは皇族や皇太子などに使われるようだが、時代とともに意味合いを変えたり、閣下や陛下など、さまざまな呼称に含まれよくよく考えるとどういう立ち位置なのかいまいちわからない。なんとなく高貴な人ということはわかるが殿下を表す決定的なシンボルは思い浮かばない。マントと王冠があれば殿下として十分なのかしらんという、これまた安易な衣装決めのすえ、このような姿になった。
 日本の伝統的な妖怪の攻撃手段としては、驚かす、体中にカビが生える、体が腐る、謎の高熱が出るなどが一般的ではあるが、歯に痺れるような痛みを与えるというのは確かに日本的な発想ではない。歯科衛生が今ほど進んでいなかった江戸時代にも多くの歯痛を抱える人たちがいただろうが、それを妖怪と結びつけることができなかったことは、なんとも悔やまれる。歯痛坊主や、歯痛入道などがいてもいい気もするが、日本において歯を司る妖怪は歯痛殿下の登場を待たなくてはならない。私もちょうどこの絵を描いているときに、原因不明の歯痛に悩まされたが、歯が痛いというのは本当に憂鬱で辛いものだ。

 動画の話に映るが、ちょうどこの頃は写真を使った加工などにもハマっている時期で、息子の口に殿下を押し込んだり、かなり強引な演出が見て取れる。音楽もヨーロッパが舞台ということで、西洋クラシックベースのBGMとなっている。是非ご覧ください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?