見出し画像

大糸線 2024 初夏 ~増便バスに乗って~

1.はじめに

1-1.大糸線増便バスについて

2024年5月9日に大糸線活性化協議会、大糸線利用促進輸送強化期成同盟会およびJR西日本から、「大糸線「本格的な利用促進・利便性向上」の取組みについて」という報道発表があった。
その施策のひとつに、「新幹線との接続を考慮したバスによる臨時増便」があり、具体的には2024年6月1日から2025年3月31日まで「増便バス」を運行する、というものである。

この施策は2024年5月8日に開催された大糸線活性化協議会のアジェンダに含まれており、糸魚川市のウェブサイトからその会議録が参照できる。

私は2024年6月15日・16日の土日を使って大糸線に乗車する機会があり、実際に複数回増便バス・普通運行の列車双方に乗車した。その時の体験をもとに、以下、所感をまとめる。

1-2.視座

私は2022年に初めて大糸線に乗車し、特に大糸北線(糸魚川~南小谷)の風光明媚さと険しい姫川渓谷を走り抜く逞しさに惹かれ、「大糸線応援隊」に参加している。

私は大糸線を契機に新潟県糸魚川市・長野県小谷村などの沿線地域の魅力に触れることができ、「一般来訪者(旅行者)」の立場から、今後も良い形でこの路線・地域が維持されることを願って、応援する立場から以下の所感を書く次第である。
なお、増便バスの取り組みは運用開始からまだ半月と日が浅く、増便バスの運転手さん・JR西日本ほか関係各所の皆様が試行錯誤され、ご苦労も多いものと推察する。関係各所の皆様の多大なご尽力に敬意を表しつつ、思ったところを以下綴ってみたいと思う。

2.良い点

2-1.糸魚川~白馬間の直通

白馬駅の増便バス バス停

今回の増便バスは糸魚川から南小谷を越えて白馬まで運行される。糸魚川~白馬まで乗り換えなしで移動できる点は、昨今の白馬観光の需要が旺盛な情勢を考えると、明確な利便性向上につながっている。

2-2.鉄道の運賃・きっぷが利用可能

増便バスだからといって鉄道とは別体系の料金体系ではなく、特別に追加料金が取られることもない。糸魚川から白馬までの運賃も鉄道利用時と全く同じであり、同区間で有効の鉄道乗車券(フリーきっぷを含む)を所有していれば、このバスにも乗車可能な点は簡便で良い。

2-3.大型荷物の運搬

増便バス(大型)の側面 収納スペースがある

バスのトランクルームは大型の荷物を収納する恰好のスペースだ。冬期に白馬でスキーをする外国籍の観光客のグループがスキー・スノーボード用品を抱えて大糸線の小さな車両に乗車されていたシーンを私はよく覚えているが、バスの場合はトランクルームに荷物を入れて、手回り品だけを持って座席に座れば快適に移動ができる。私が乗車した日にもトランクルームに荷物を入れて移動されていた乗客が居り、なるほどこれは便利、と思った。

2-4.鉄道路線とは違う景色

増便バス車内からとらえた大糸線(平岩駅付近)

これまで大糸線に多く乗車している立場の感想になってしまうが、鉄道路線を車道から客観的に眺められるのは新鮮だ。レンタカーを借りて自分でハンドルを握っている最中は大糸線の車両が走行中によそ見をすることもできず、カメラを向けることもできない。しかし、バス車内からであればそれが可能であり、普段と違う視点で鉄道路線を見て楽しむことができる点は、足しげくこのエリアに通う大糸線ファンにとっては魅力になると思われる。

3.より利便性を高めるために

3-1.多言語対応

糸魚川駅新幹線改札そばの告知

増便バスのチラシは沿線各駅で散見されたが、駅に置いてあるチラシが日本語のみであった。海外から来た旅行客の利用を想定すると、日本語だけのチラシはすぐ理解できず、スマートフォンの翻訳アプリで翻訳してまでチラシをチェックするだろうか?とも思ってしまう。昨今のインバウンド需要の旺盛さを考えると、英語、中国語、韓国語のチラシで海外からの旅行客の利用促進が期待できるのではないか、と考えた。「糸魚川から白馬までの直通バスが増えた」という割り切ったプロモーションでも十分に価値はあると個人的には思った。よって、バス便の時間と乗り場の情報が多言語で提供されることで、海外からの旅行客の需要増が見込めるのではないか。
(運転手さんが海外からのお客さんに対応することになり、運転手さんにとっては負担増になる可能性はある点が懸念材料であろうか。)

現在、白馬は北海道のニセコ並みに海外からの観光客を惹きつける魅力的な観光地として多くの観光客が来訪している、と認識している。多言語対応のほか、後述する支払い方法の改善によって、多様な観光客の需要を吸収できるのではないかと感じた。

3-2.多様な支払い方法への対応

2024年6月時点では増便バスの運賃精算方法が現金と鉄道の乗車券(きっぷ)に限られている。きっぷは事前に購入しておく必要がある。無人駅からの乗車時など、きっぷを事前に購入できない場合は降車時に現金で支払う。
現時点ではクレジットカードやQRコード決済などのキャッシュレス決済には対応していない。海外からの観光客の多くはキャッシュレス決済を好んで使う傾向にあると私は認識しているが、運賃精算が「現金・きっぷのみ」という状況では、特に日本語話者ではない海外からの観光客と現金精算かきっぷの確認を降車時に行うことは観光客・運転手さん双方に大きな負担になるものと推察する。
特に、(白馬交通のバスに限った話として)元来”路線バス”仕様ではなく、観光バス仕様の車両で運行している”大型バス”の場合、現金を多く備えておらず、釣銭不足に陥ることもあるそうだ。

じっさい、運転手さんから
・クレジットカード決済を好む海外からのお客様が、現金で精算せざるを得なくなり、高額紙幣を使用することが多い(5000円札や1万円札を使用して600円や700円の運賃を精算する:このケースが続くと釣銭が払底する)
・小額の運賃を支払う際に釣銭が足りず、他の職員さんなどから釣銭用の硬貨を融通してもらう等して、精算に多大な時間がかかる
というエピソードを伺った。

最近では、スマートフォンでクレジットカードのタッチ決済が対応可能な業務用アプリケーションが展開されており、導入コストや決済手数料次第では導入のハードルはかつての決済専用端末導入期と比べると下がったのではないかと推察する。
これらのコストは関係事業体にとっては負担になる上、きっぷ・現金以外の精算方法の導入によって経理処理が複雑になることから、きっぷ・現金での清算方法を導入しているのではないかと推察しているが、移動時の混乱を減らし、スムーズな精算を実現して利便性を乗客に提供することで、利用者側の心理的負担を減らすことが、交通手段・移動中の地域に対する良い印象を持ってもらえるポイントになるものと考える。

3-3. 鉄道のきっぷのルールへの理解

北陸おでかけtabiwaパスときっぷ


増便バスは鉄道代替という位置づけのため、鉄道の運賃体系や乗降のシステムをベースにしている。よって、鉄道のきっぷの運用ルールがそのまま適用されるため、バスの運転手さんにとっては不慣れな鉄道のきっぷのルールについて、乗客から指摘を受けると非常に戸惑われ、運転手さんにとっては心理的な負担を増やしてしまう要素になってしまうのではないか、と懸念した。

私は今回、北陸お出かけtabiwaパスを利用したが、運転手さんはこのパスについて認識をされていらっしゃらなかった。私がこのパスを使って増便バスを利用する最初に乗客だったようだ。よって、パスをお見せした時は大いに戸惑われていた。他の乗客が降りられた後に、私からパスの概要がわかるJR西日本の公式WebsiteのURLを提供したり、アプリの画面を実際にお見せして、写真に撮っていただくなどして、パスの概要をご認識いただけるようにした。このおかげか、夕方の遅い便に別の運転手さんが乗務されていた際は、tabiwaパスをご認識済みで、スムーズにご対応いただけた。

ちなみに、JR東日本が販売する信州おでかけパスも、南小谷から白馬までの区間がフリーパス有効エリアに含まれるため、北陸お出かけtabiwaパスと同等の扱いとなる。
さらに厄介なことに、中土~南小谷間は北陸お出かけtabiwaパスも信州お出かけパスも使えないことから、糸魚川~南小谷・白馬へと移動する際に北陸お出かけtabiwaパスを使うと、中土~南小谷・白馬の普通乗車券(きっぷ)を事前に持参するか、車内で降車時に現金精算せねばならない。

私はこのルールを理解していたため、糸魚川~白馬を北陸お出かけtabiwaパスを使ってバスに乗車する際、事前に中土~白馬のきっぷを購入しておいた。しかし、このようにきっぷのルールを理解して鉄道・増便バスに乗車する乗客は極めて少ないと思う。

さらに「無効印の処理」、つまり”記念に乗車券を持ち帰りたい”という乗客の希望が出るのは鉄道の世界ではよくあることで、ルール上も問題は無い運用だが、バスの運転手さんにとっては未知の世界であり、これも運転手さんへの心理的負担の要因になりはしないか、と心配になる。
じっさい、私が乗車した日にも「記念にきっぷを持ち帰りたいです」と申し出られた乗客がいらっしゃったが、バスの運転手さんはこうしたケースに初めて遭遇したようで、戸惑われていた。途中の駅でJRの職員さんとバス運転手さんが会話する機会が偶然あり、「記念に持ち帰りたい、と言われたらどうすればいいですか?」と運転手さんがJRの職員さんに尋ねられていた。

このほかにも、100km以上の普通乗車券(きっぷ)をお持ちの乗客が「北小谷で途中下車します」と申し出られたが、バスの運転手さんは「途中下車」の運用をご存じなく、これまた戸惑われていた。
JR線は100km以上の普通乗車券(きっぷ)の場合、途中下車が可能であり、鉄道旅行を頻繁にする人にとっては有名なルールなのだが、バスの運転手さんを含む一般の人にはこのルールは知られていないと思われる。特に、大糸線は松本~糸魚川で100kmをちょうど超える路線(105.4km)のため、乗り通す乗客の中には途中下車を希望する方も少なくないように思われる。

これらの事例から、バスの運転手さんがこうしたレアケース・イレギュラーケースに遭遇した際に心理的負担を負われるのではないか、と心配になる。乗客も様々で、きっぷのルールを懇切丁寧に説明する私のような乗客もかなりまれ(というか、ほぼ居ない)と思うし、必ずしも乗客側が正しくルールを理解してきっぷを使うとも限らない。今後の運用において、軽微なトラブルの種にならないことを願うばかりである。

3-4.定時性

バスは鉄道と違って道路を走るため、定時性を保つことは非常に難しい。道路を使う以上、交通集中や慣れないお客様対応などで余分な対応時間が生じる。その結果、2~3分の遅延はもちろん、長い場合は10分程度の遅延が発生することもある。

私が乗車した日は、遅延は最大でも6~7分程度に抑えられており、許容範囲内ではないかと思った。しかし、遅延については発生可能性が鉄道より高いという点を認識して、バスを利用したほうが良いのではないかと感じた。
白馬・南小谷からバスに乗車し、糸魚川で新幹線と乗り継ぐ場合、どのバスも10分~40分程度の乗り継ぎ時間が設定されているため、遅延を吸収できるダイヤ設定がなされていると感じたが、到着遅れに加えて降車時の精算に時間がかかる場合はこの乗り継ぎ時間もあっという間に過ぎてしまう可能性があると思われる。

このバスは2024年6月に始まったばかりの施策なため、今後の乗客増、特に多客期・イベントのタイミング、様々な環境変化が起こることで、遅延の時間の長さも変わることが考えられる。利用する側に「時間に余裕を持って行動してください」とお願いすることにも限界はあると思うが、いち利用者たる私の考えとしては、バスの運行スケジュール、道路状況、気象情報やイベント時の人出といった観光に関する最新情報を把握し、移動時のリスクを最小限にする術を心得ておくと結果的に快適で満足のいく移動・旅が実現できると考えている。

3-5.周知と今後、利用者が増えたら

増便バスの存在について、施策が始まったばかりという現状からか、この存在を知っている旅行客は鉄道ファンでもアンテナを高く張っている方など、ごく一部に限られているのではないか。
こう思った背景としては、まず私が乗車した日の乗車便は、バスが満席になることは一度もなかった。また、私が糸魚川から白馬まで増便バス2便(11:55糸魚川発)に乗車した際は、バスを待つ地元の方がいらっしゃって、私もその方と雑談をしていたのだが、その方が待っていたのは地元の糸魚川バスだった。地元の方も、私が乗ったバスが「大糸線増便バス」という認識はない様子であった。

一方、糸魚川駅の「ジオパル」でガチャガチャをやった時にご対応いただいた窓口の方と雑談をして増便バスの状況を伺ったところでは、6月1日の施策開始当日は地元メディア(地域のテレビ局・新聞社)も取材に訪れて賑わったと仰っていた。
今の時期は雪山シーズンと夏登山の合間で、通常であれば梅雨の時期になるため多客期とは言い難いが、ジオパルの方のお話では、白馬岳蓮華温泉の夏営業の開始や雨飾山登山が賑わうようになると、乗客が増えてくるのでは、ということも仰っていた。

今は、ピーク時の間で落ち着いた時期かもしれないが、夏登山のほか、青春18きっぷシーズン(2024.6.17現在、2024年夏シーズンの発売に関して発表はまだされていない)が始まった際に利用者がどれだけ増えるかという点に興味がわく。
最近の白馬は冬だけでなく夏にもレジャーを楽しめるような様々な営業施策・イベントの開催がされていると、報道などで聞いている。また、4月・5月は立山黒部アルペンルート・雪の大谷に国内外から多くの観光客が訪問されていると聞く。こうしたことから、旅行者が立山黒部アルペンルート・白馬旅行の過程で大糸線を旅程に組み込める機会は十分あるのではないか、と考える。

常に10名・20名の乗客しか居ない状況は寂しいものだが、多客時にバスに乗り切れない位に乗客が押し寄せるような場面に直面した時に、乗客・乗務員・運転手さんなど関係する全ての人にストレスなくハンドリングができるのかどうか、という点は今後も興味を持って見ていきたいと思った。

4.バスの運行会社

糸魚川バスの「中型」

増便バスは「大型」「中型」の2タイプあり、片道4便・往復8便が運行されているうちの片道3便・往復6便は「大型」、残りは「中型」となっている。
「大型」便の担当は白馬交通、「中型」便は糸魚川バスが担当している。
以下、この2つのバス会社についても公開情報をもとにプロフィールを確認していきたい。

4-1.白馬交通

白馬交通は「福島宝山(ふくしまほうざん)グループ」のグループ会社だ。「福島宝山グループ」のウェブサイトに掲載されている企業概要を拝見すると、主な事業は大阪での産業廃棄物処理業とある。一方で、Wikipediaでこのグループの代表の実業家の方の情報を拝見したところでは、M&Aを手がける会社を設立するなどして多角的にビジネスを展開されている模様だ。
白馬交通と福島宝山グループのバックグラウンドについて理解した上で、次に注目したいこととしては「北アルプス糸魚川連絡バス」の存在だ。以下のリンク先に連絡バスの情報が掲載されている。(2024.6.17現在リンク有効確認)

白馬交通は従前よりこの連絡バスを運行している。そのため、今回の増便バスは既存の「連絡バス」を応用したものと考えると白馬交通が大型バスの運行を担うことも合点がいく。

一方で、昨今のバス運転手不足・人手不足の影響についても考えたいが、白馬交通もバス運転手不足の影響は受けているのではないか、少なくとも「全くの無風」で、「バス運転手は潤沢です」とは言えない状況ではないかと推察する。(根拠になるデータがないので、”推察”しかできない点は残念だが)

まずは以上が、増便バスの運行主体の4分の3を占める白馬交通について、公開情報をもとに大まかに調べてみた状況である。

4-2.糸魚川バス(タクシーについても)

糸魚川市の地域公共交通再編実施計画や、地域公共交通協議会の資料に目を通したが、中でも令和6年2月に開催された協議会の資料の中でバス事業者から「グループの会社全てで運転手が不足をしている状態」といった見解が示されている点は興味深い。

糸魚川バスは頚城自動車のグループ会社として、頚城自動車のウェブサイトに掲載されている。前述の、協議会の資料の中の「バス事業者」の”グループ会社”とは、頚城自動車のグループ会社のことを指しているものと推察する。

糸魚川バスが、ただでさえ運転手不足に悩む中で、今回の大糸線増便バスの運行に協力している点が興味深い。考えられる推測としては、白馬交通だけでは増便バスを賄いきれないので、糸魚川バスにも協力を要請した、という話かもしれない。

ちなみにバスだけでなくタクシーも運転手不足で、令和6年2月開催の協議会資料にある「タクシー会社」の意見には「夜間のドライバーがいないことで飲食店へも影響を与えており大きな社会問題と感じている」とある。

私も実際、2024年2月に糸魚川で宿泊した際、夜20時半ごろに駅からヒスイの湯(姫川駅そば)までタクシーを使おうとした際に、まず駅前にタクシーが居らず、タクシー会社に電話をした際には「配車まで1時間待っていただきます」と言われたことがある。その時は結局ヒスイの湯の訪問を断念した。
また、糸魚川駅とフォッサマグナミュージアムの間をタクシーで移動したことがあるが、運転手さんはどの方もご高齢である点も気になった。移動中に糸魚川の昔話を聞かせていただける点(昔は金山があった、など)は興味深いのだが、この先高齢のタクシードライバーの方々が引退されたあかつきには、タクシーの運行はどうなるのだろうか、と心配になる。糸魚川で2つあるタクシー会社も人材確保に相当なご苦労をされているのではないかと推察する。(ここで詳しく書くことは控えるが、地元の方との雑談の中でも、実際にタクシー会社の人材のやりくりの難しさや工夫について伺うことができた。)

5.姫川渓谷の交通の将来像

5-1.増便バスは大糸北線廃線の布石か

以上、増便バスの利点・改善点と、バス運行会社の概要を確認してきた。これを踏まえて、今後の大糸北線・姫川渓谷の交通の将来について感じたことを述べたい。

有識者や地元の方の声として、「増便バスは鉄道より便利なので、この施策は将来の大糸北線廃線の布石ではないか」という評を見聞きする。
個人的には、今回の増便バスの施策は「交通手段のポートフォリオのひとつにバスを試験的に加えてみた」という話で、大糸北線廃線に直接結びつくとはあまり思っていない。

5-2.鉄道・バスの補完関係:人材観点

その根拠として最も大きい点はやはり「バス運転手不足」であると私は考える。前述の通り、糸魚川バスはグループの頚城自動車全体で人員不足との話が出ている。白馬交通は、糸魚川から白馬までの連絡バス運行というノウハウを持っているが、公開情報からは白馬交通が潤沢に運転手を雇用している、という情報は発見できていないため、「バス運転手不足」という課題とは無関係ではいられないのではないかと推察する。
さらに、今従事されているベテランバスドライバーが歳を重ね、引退された後に続くバスドライバーが居ないことには、バスの運営継続もままならない。

こうして、バス会社の人材確保という観点で考えても、「バス」は鉄道を補完する手段であり、置き換え手段とまでは言い切れないのではないかと考える。

5-3.鉄道・バスの補完関係:設備観点

根知駅を発車する大糸線

"バスが鉄道を補完する”という点は、鉄道・道路設備の現状からも考えられる。
まず現状、大糸北線の区間内で上下列車の行き違いができる駅が根知駅のみである。根地駅以外で上下線を交換できないため、バスを使って交換場所の選択肢を増やす、という点が具体的な”鉄道の補完”策となっている。

平岩駅や中土駅の構造を見ると、島式ホーム(上下線の行き違いが可能なホームの構造)の名残が見られる。この2つの駅については、かつては上下線の行き違い設備があったように見える。
ただし、これらの駅で再び線路を増やして行き違い設備を設けるための新規投資を行う余力は少なくともJR西日本にあるとは思えない。(JR西日本の全社規模での予算を見ると投資できる資金力がありそうに見えるが、経営戦略、事業ポートフォリオを組む過程で地方の路線維持に投資できる原資は限られているものと推察する。よって、安易に「JR西日本は他事業での儲けを地方路線の投資の原資にすべき」とは言えないと私は考える。)
上下分離などでインフラを地方自治体(糸魚川市・小谷村ないし新潟県・長野県)が持ち、行き違い設備の投資の原資を自治体が持つ、というシナリオも、理論上はありうるとしても、各関係自治体が原資を提供できるだけの予算が無いのではないかと推察する。
結果、鉄道設備の新設にかけられる原資が確保できないことから、鉄道と比較して維持する設備が少ないと考えられるバス運行で鉄道を”補完”する、という策が今のところ合理的な落とし所なのだろう。

それでは、鉄道設備を完全撤去すれば良いか、と言えば、それも安易には判断できない問題と思われる。道路の環境については後述するが、いまの国道148号は決して安全・快適で走りやすい高速な交通網とは言えないと私は考えている。トラックが多く走るため、路面のいたみに対するメンテナンス・補修も定期的に実施する必要があるだろう。道路交通一辺倒にすることのリスクを考えると、道路・鉄道で人の流れを分散させ、”補完”関係を維持させることが、道路・鉄道の負荷分散という意味では有効なのではないかと考え、鉄道による旅客輸送の余地を残す意味・意義があると個人的には思う。

5-4.鉄道・バスの補完関係:国道148号

小滝駅付近の国道148号(この周辺はまだ走りやすい)

「バスは鉄道の完全置き換えにはならない」と私が考える別の理由として、いまの国道148号(小谷道路という通称がついている)の状況について述べたい。
2023年7月に私はレンタカーで糸魚川〜平岩〜道の駅おたりの間を走行したが、国道148号線は所々広い道幅が確保されている区間があるものの、洞門・トンネルの中には狭隘な箇所があり、トラックが対向車線にやってくるとヒヤッと感じることが少なくなかった。

また、今回増便バスに乗車して知ったこととして、小谷の「小谷温泉」交差点は信号が急に変わるため、車同士がぶつかることが少なくないとのこと。(運転手さんのお話)

ちなみに、国道148号は所々狭隘な箇所を改善する施策が行われており、平成元年度工事着手・平成26年度事業完了の塩坂トンネル・小谷大橋の整備に関する事業評価の情報を見ると、かつての旧道の厳しい環境を確認することができる。

国道148号に代わる高規格道路として「松本糸魚川連絡道」の建設構想があり、部分的に安曇野バイパスの整備や国道148号の改築という形で整備が進められている。しかし、一気通貫に全区間で高規格道路を作る、という対応は見られず、松本・糸魚川間でこの道路が全面的に整備されるのはかなり先と見られる。

5-5.将来像のまとめ

まとめると、

  • 人材観点:バスの運転手不足と高齢化がこの先のバス運営に深刻な影響を及ぼす

  • 設備観点:鉄道設備の新設は困難だが、道路も維持管理する必要がある

  • 設備(道路)観点:国道148号はまだ安全・快適とは言えず、松本糸魚川連絡道路の全通も目処が立っていない

このような理由から、鉄道からバスへの完全な置き換えはリスクが高いと考える。
鉄道の維持管理コストは道路維持・バス運営と比べるとおそらく高いのであろうと推察する。(このコスト構造の比較分析を経済・経営の観点で精緻に分析・考察したものが恐らくあるのではないかと推察するが、個人的にはそうした文献・資料にはまだ当たったことがない。)
しかし、道路・バス一辺倒のリスクより、リスク分散の”選択肢を設ける”という点で鉄道を今後も維持・活用することの意義は大いにあるものと考える。

本質的には、糸魚川〜小谷・白馬・大町・安曇野・松本間の交通体系を、地域輸送と観光需要(観光産業の誘致・活性化)の問題と絡めながら、鉄道・自動車交通・その他の交通手段のポートフォリオと資源配分をどう設計していくかを持続的に考え続けていく必要があるように思える。

とはいえ、こうした政策課題・産業振興策と交通政策に関しては市町村・県・国(国交省)それぞれの主体で専門の見地から試行錯誤しつつ検討されているテーマであると思うので、いち旅行者の門外漢としては、利用者目線の感想を綴って記録として残すのが精一杯である。

こんな門外漢ではあるが、今後も引き続き大糸線とその沿線に親しみを持ち、温泉めぐりや美味しいものめぐり、地理・地学の学びを深めるといったアクティビティを楽しみたいと思う。

白馬駅にて 増便バスとともに

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?