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ショート・ストーリーズを愛する日々

 私のホームとなっている学会の3年ぶりの学術集会が、先日横浜で開かれました。

 この2年はオンライン開催でしたが、今年はオンラインと現地開催のハイブリッド開催となりました。自宅から電車で30分くらいと、近くでやっていたこともあって、午前中の外来が終わってからの土曜の午後と日曜日に参加しました。大勢の人に会うのも、街中に行くのも、長い時間自宅から離れるのも数年ぶり、あまりに久しぶりだったのでいろいろ右往左往してしまいました。パスモのチャージが切れてたり、ちゃんと充電せずに外出しているとにスマホの電池が切れそうになるというごくあたりまえのことも忘れてたりと、都市でくらす一般的な社会人としてのスキルがコロナでステイホームしていた間にだいぶ落ちていたことを思い知らされました。今回、シンポジウムのシンポジストはどんな状況になっても現地に必ず来るように、とのお達しがだいぶ前からあったので、今回は何があっても参加することになっていました。なので、ちょっと前までは感染が落ち着いていなかったら現地参加は怖いなあとも思っていたのです。幸いなことに、開催の数週間前から、だいぶ感染状況が改善してきたこともあり、無事現地開催されました。結構遠いところからも参加者があるなど、まだまだ制限があるにせよ、多くの人が現地参加したようです。この数年、オンラインでは交流していても、実際に会うのは数年ぶりという人も多くいたため、比較的短時間の参加とはいっても、とても感慨深かったです。

ジギースターダスト50周年

 さて、今回の学術集会の中身については、これからオンラインで配信されることもあるので深くは書きませんが、実はもともとは学術集会には発表もないし役も当たっていなかったので参加するつもりではありませんでした。唯一お声がかかった毎年恒例のキャリアカフェは完全オンラインだったし。
でも、今回予想もつかないところから予想もつかないシンポジウムの声がかかったこともあって、いろいろ考えたのですが、ここ数年の私のテーマである人生の棚卸の意味を込めて、これからの人たちにメッセージを伝える内容になるべく参加することにいたしました。家人からは「なるべく呪詛にならないように」と釘を刺されていて、気を付けていたのですが、どことなくにじみ出てしまうのが私の悪い癖…。いろいろ直してだいたいの骨子ができあがった数日前、実はパワポの設定が指定されていると聞き、慌てて直したときに、思うところあって「ジギー・スターダスト」からのスライドを二枚付け加えました。これでまた、いつものようにちょっとまたわからない感じを付け加えてしまったと反省しています。あとから知ったのですが今年このアルバム、今年は発売後50周年のアニバーサリーイヤーだったのだそうです。

あたらしいスターマンのTop of The Pops versionも最近配信が開始されました。いやー、ほんとこの曲はテンションがアガリます。

学術大会に関することは、これ以上ここに書くことでもないと思うのでスルーしておきますが、全体を通じて、今後の自分の方向性について、いろいろ示唆を頂いたと思います。参加してよかったです。

興味のある分野

 さて今回の学術集会の大会長は旧知の大橋博樹先生だったのですが、準備から運営にかけて本当にご苦労されたのではないかと思います。確かに細かいことを言えばきりがありませんし、どんなに準備を整えてもいろいろ言う人はいると思うのです。でも、とにかく前代未聞の大変な中、しかも通常診療を行いながらのご苦労を考えれば、とても良かったと思います。大橋先生はじめ運営委員の方々が考えた、いろいろな面で見えない工夫と気配りが随所に垣間見えて、へーっといちいち感動していました。
 特に私がいいなと思ったのは、ネームプレートに「興味のある分野」を記載する欄があったところです。みなマスクをしていることもあるし、やはりこの数年でディスタンス確保が骨の髄までしみ付いたこともあり、どうしても距離をあける中で、話題のきっかけになったり、どんな人なのか探る手掛かりになりました。今後もこういう試みは続けて欲しいと思いました。

そんな私が選んだのはこれ。

ちょっとにじんでます

 
 まあ、上野毛とスワローズ(交流戦1位!)はいいとして、ここに日本の短編小説、っていう一文を入れました。ひとりだけですが、ここに食いついてきた学生さんがいました。君は鋭い。

 僕らの現国スタート

 さて、前回予告したように、短編小説を読みあう会を始めることにしました。
 長編小説はじっくり腰を据えて、ある程度時間をかけて読むことが多いのに対して、短編小説やエッセイはやっぱりちょっとしたスキマ時間にぱーっと読むことが多い傾向にあります。私の場合、ずっと同じ作家の長編小説を読んでいると途中でちょっと飽きがくる時期が来るので、そんなときにすこし気晴らしに別の作品を読んで再度興味がわくまで時間を稼いだりすることが多々あります。こういう時に長い作品を読むともう戻ってこれなくなるのでこういうときには短編小説やエッセイを読むことが多いです。私は貧乏性のせいか持ち歩く荷物が多めなので、あまり厚い本は持ちたくないと考えるので(じゃあいろいろ持ってくなという話でもありますが)、ちょっとした短くて軽めの作品をいつも鞄の中には用意しています。
 そんなときに私が好むのは日常の些細なものを切り取るようなエッセイや、ほんとそこから100%得るものがないようなくだらない作品が多いのです。また、私にとってこういう読書は、気に入った画集や写真集を眺めたり、きれいな景色をみたりする行為になんとなく近いように思います。ですので、ストーリーがなかったり、特にオチがなくても別に構わないのです。ただ、心のいろんなところを刺激してくれたり、もみほぐしてくれたりする作品を好みます。そんなわけで、短編小説は読んでそのままになってしまうことが多いので、今回なんかきちんと感想を残したいなーっという気がふつふつと湧き上がっていたのです。

 そんなわけで、思い立ったら吉日、トライアルとして菅野さんと短編小説を語り合う会を開きました。

 選んだのは、以前の宣言通り、村上春樹の初期短編作品の一つ、「パン屋再襲撃」。

1985年、マリクレールの8月号に初掲載。
私の手元にある文春文庫は奥付によると1990年2月の第4版。もはや32年前。

ウィキペディアによるあらすじ。
「その頃「僕」は法律事務所に勤めており、妻はデザイン・スクールで事務の仕事をしていた。2週間ほど前に結婚したばかりだった。二人は深夜に突然、耐え難い空腹を覚える。それは昔「僕」が親友と行ったパン屋襲撃の失敗が、夫婦に呪いとして降りかかっているせいだと妻は説明した。「僕」たちはかけられた呪いを解くために散弾銃で武装し、再び襲撃を目論むが、夜更けの東京に開店しているパン屋はなかった。そこで妻はマクドナルドを襲うことを提案し、「僕」は促されるまま実行に移す。」

 まあ、あらすじはともかく。
 20ページちょいですのでためしに読んでみてください。なんのこっちゃ、っていう感想の人も多いと思います。いや、その感想はまっとうです。

 今回この短編をピックアップした理由は、短いながらもそのパーツごとのエピソードが脳の一部を刺激するところ、かつ説明的でなく、そしてそのストーリーは案の定回収されずに終わるところです。と言っても、長編短編にかかわらず村上さんの作品はそういうものばかりなのですが…。
 今回はトライアル第一回のためちと要領がつかめなかったこともあって、多少ふたりの話がまどろっこしいところもあるのですが、本作品のキーワード、「特殊な飢餓」「海底火山」「呪い」「散弾銃」「マクドナルド」「眠り続ける客」などについて語り合いました。案の定、二人で話してもすっきり解決には至らなかったのですが、むしろ短編小説の正しい読み方ってそういうものなのではないかという感想をふたりで抱きました。

 ということでまったく編集していませんが、ここまでで興味がわいた人はご覧ください。ちと長めです。

 ふたりの間ではだいぶ盛り上がったので、次もやります。たぶん。
次回はもう少し人を呼んでみようかな。

次回は堀江敏幸さんの作品を取り上げます。


 さて次回取り上げる作品は、堀江敏幸さんの最新文庫、「オールドレンズの神のもとで」より、「平たい船のある風景」です。

これ、某ハウスメーカーの依頼で作られた作品だそうです。そしてこんどはわずか数ページのごくごく短い作品。

ではまた。(ちゃんと、続きます)


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