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川端康成

 川端康成に会いに行った。あのおっさんと俺とが話す内容はエロ話ばかりだ。あんなにエロいおっさんとは思っていなかった。俺とおっさんが会うときにはお互いに毎度ちんこのイラストを描いたものを見せ合うのが恒例になっている。
「油絵に挑戦してみたよ。」とおっさんは言う。さすがノーベル文学賞をとるくらいの人物だからどんどん新しいスキルを身につけていくものだと感心した。
「油絵を出来る才能なんてあったか。」と一応言ってみた。
「アホか。わしは何でも出来るんじゃい。」こんな喋り方をする。
「ほれ。どんなんか見せてみぃ。」
 おっさんはイーゼルから絵を持って来た。絵が描いてある面を俺の方に向けた。当たり前のようにちんこの絵が描いてあるのだが、その「ちんこ」は所謂普通ではない。陰茎の色は緑色で睾丸は三つあり、ピンク色で艶がある。睾丸の周囲には樹木の枝らしきものが無数に生えてある。陰茎はとても太く描かれており、全長の中央あたりがやたらと膨らんでいる。こんな絵は言われなければ誰も「ちんこ」の絵だとは思わないだろう。
「どうや。結構な力作やろ。」
「確かに凄い。いつのまにこんなテクニックを修得したんや。」俺は正直にそう思ったのは確かだった。
「それよりあんさんの絵、早よ見せないな。」
「おう。俺のは水彩絵の具やけどな。」
「ん?なんやコレ。」
「いっつもちんこばっかしで飽きるか思て今回はおめこ描いてきたんや。」
「おめこ?アホか。わしらはちんこが命やろがい。おめこ描いてどうすんねん。」
「ええやないか。俺はやっぱりちんこよりおめこの方が好きやし、ちんこよりもおめこ舐めたいわ。」と言うとおっさんは、うんうんと顔を上下させて頷いていた。
 俺は「おめこ」の絵をおっさんに見せた。
「おお、綺麗なな。でもこれ、毛生えてないけど子どもか。」とおっさんは絵から目を離さずに聞いてきた。
「いや、成人や。」俺は絵の中のある箇所を指さしながら「ほら、ここんとこに剃り跡があるやろ。」
「ああ、ほんまやな。剃ったんやな、綺麗に。」
「そや。」
「あ、そやそや自慢しよう思てたやつがあんねん。」とおっさんは急にニヤニヤと嬉しそうに言ってきた。
「なんや嬉しそうに。宝くじでも当たったんか。」
「そんなしょうもないベタなこと言うなや。めっちゃええもん手に入れたんや。」
「なんやねん気になるわな。」ちょっと待ってやと言っておっさんは二階へ行った。
「おーい、こっちこいよ!」と二階から大きな声でおっさんは叫んだ。俺はゆっくりと立ち上がり二階へと向かった。おっさんの家にはもう何度も立ち入らせてもらっているが、二階へ上がることは滅多にないことだった。
 二階への階段を上り切ると廊下が真っ直ぐに伸びている。が、部屋の扉は全部閉まっていた。
「おーい、どこにおるんや!」と俺は大声を出した。
「こっちや。」とおっさんは扉を半開きにして顔を出した。俺はその扉の部屋へと向かって歩き、扉を全開にして部屋の中を見た。
 部屋の中には美しい女性が背筋綺麗にすーっと立っていた。俺は驚いた。
「だ、誰なん?」と俺はおっさんに尋ねた。
「これな、ラブ・ドールやねん。」おっさんはウキウキしていた。と思う。
「ええ?これが噂のラブ・ドール!マジか!」俺はラブ・ドールの実物を見るのが初めてだったので少々興奮していた。
「めっちゃ可愛いやろ!」
「ほんまや、一瞬誰かと思ってびびったわ。」
「な、そう思うよな。ZARDの坂井泉水ちゃんにそっくりやろ?」
「うーん、そうやな似てるな。」と思わず流れでそう答えたが「ちょっと待ってや。」
「なんや。」
「おっさんなんでZARD知ってんねんな。」
「知ってるがな。『負けないで』が超ヒットしたやんけ。」
「おっさん、ZARDのとき、もう死んでるやんけ。」
「そうやったか。」
「何をとぼけとるねん。もう五〇年前や。」
「五〇年も経ったら自分が死んだことも忘れるわ。」
「確かに五〇年前のことなんかもう覚えてないな。」
「でもZARDは三〇年前やからよう覚えてるねん。」
「なるほどな。確かにな。」
 そして俺たちはZARDの『負けないで』を歌った。何だか目の前のラブ・ドールも一緒に歌ってくれているような気がした。熱唱の後、川端康成のおっさんは、しばらくひとりにさせてくれと言うので俺は自宅へ帰ることにした。
 おっさんの家は五階建ての大きな館だった。耳をすますと上の方からおっさんの喘ぎ声が聞こえる。しかし地上にいる俺の周囲にはそれが川端康成の声だと気づく者はいないだろう。
 俺は子どもたちとその母親たちが遊ぶ広場のベンチに座ってリラックスした。さっき見せてもらったラブ・ドールのことを思い浮かべていた。とても美しい女性だった。まるで生身の人のような質感だった。少なくとも見た目だけでそんな風に感じた。だから羨ましいと思った。
「きゃあああああ!」突然叫び声が聞こえた。俺は瞼を開いた。視線の先に子どもとその母親が居て、子どもは唖然とした表情で、母親は膝を曲げて腰を抜かしたように地面に尻餅をついていた、そして母親はある方向へ指を指していたのでその指先を目で追うと、そこにはさっきのラブ・ドールがあった。
「ひっ!人が!人が落ちて来た!」と母親は叫んだ。
「わぁーん!」子どもは泣き出した。俺は空を見上げ、建物の五階を見た。するとおっさんがベランダから上半身を乗りだして右手を地面に向かって、掴めやしないラブ・ドールを掴もうとするかの如く必死の形相を見せていた。
 救急車のサイレン音が近づいてきた。

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