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陰キャの玉

 万年筆のインクが出ないのでインク・カートリッジの腹あたりを親指と人差し指でつまんで、ぐっと押してみた。そしてペン先を紙にのせたとたんにインクがぶちゅっと出てきた。小さく黒い玉のようなインクだった。急いでティッシュを箱から引き抜いて、黒色が紙に広がらないように、吸わせるようにティッシュを黒い玉インクに当てた。すると気持ちよいくらいにインクはティッシュに吸い寄せられ、そのティッシュはみるみる黒くなった。気を取り直して再度ペン先を紙にのせると、さっきと同じようにインクがぶちゅっと出てきて焦った。再び急いで箱からティッシュを引き抜きインクを吸わせた。インク・カートリッジを強くつまみすぎたのかも知れない。もう一枚ティッシュを引き抜き、ペン先をティッシュに当ててみた。すると気持ち悪いくらいにティッシュがどんどん黒くなっていく。こんなにインクを吸われたら、カートリッジの中のインクが全部なくなってしまう、と思うような勢いだった。
 陰キャの玉だった。さっき見た、万年筆のペン先から出た黒い玉は陰キャの玉だ。その万年筆で書いた今日の日記は誰かを死に至らしめる呪文のような内容だった。過去に僕のことを馬鹿にした人たちに向けた餞(はなむけ)の言葉を書いたのだった。黒い玉はしだいに文字に化けてゆき、今では生活習慣病で肥満になった人たちを、呪いの言葉で痛めつけるかのように鋭く腹を裂いていった。裂いた腹から出た血液を止めようと、布で傷口をあてがうと、布は血で真っ黒になる。気持ち悪いくらいに布は黒い血液を吸い込み、あっというまに布は真っ黒になった。体内の血液を全部吸い込んでしまうと思うような勢いだった。
 自称陽キャが自称陰キャのことを「あんたは陰キャだ!」と馬鹿にした風に言う。自称陰キャは「あんたは陰キャだ」と言われたところで何も思わない、動じない。なぜなら自分で自分のことを陰キャだと思っているから。自称陰キャはちょっと面白そうかも知れないと思い、「あんたこそ陰キャっぽいね」と自称陽キャに向かって言った。すると自称陽キャは「なんでだよ! おまえの方が陰キャだよ!」とムキになって、必死の形相で叫んだ。
「あっはっはっは!」自称陰キャは笑った。本気で笑った。こんなに面白いことは他にないと思うくらいに笑った。「あっはっはっは! 面白い!面白い!」

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