トンネル(朗読者:かすみみたま様)

これは知り合いから聞いた話。
その人は以前トンネルを掘る仕事をしていた。
この話もまさにトンネル工事にまつわるもので、場所は北陸地方もしくはその近辺だということだけ話しておく。

まず、今と大きく違うことが一点ある。
それは作業員、つまり人の扱いだ。
昔の大規模な工事現場では人の出入りなどというものはほとんど管理をしていなかった。
給料そのものがその日払いの手渡しだから、呼ぶ名前だけ分かればそもそも不便はなかった。
働きたいものがいればその出自もろくに調べず、働けるものは働かせた。履歴書どころか、身分証さえ確かめないところもあるらしかった。
元々が好まれない仕事、(いわゆる、”きつい、汚い、危険”の3K)だったので、率先してしたがるものは少なく、えり好みばかりしては人がそもそも集まらなかった。
そんな状態だから、中にはとても周りには言えないような理由で逃げまわっていたものなども紛れ込むこともあった。
とんでもないことだが、事故などが起こり誰かが死んだとしても、そもそもにして、その人物が誰なのかを本当のところは誰も知らない、ということがままあったらしい。
ちなみにトンネル事故では、当然落盤による死者も出るが、意外に多いのは高所から足を滑らせて落ちるというパターンだった。これもまた今ほどは安全にうるさくない時代だったからこそだろう。
実際、その話をしてくれた人の現場でも、死亡事故が起こったらしい。
当然、その周りにいる作業員たちや現場を取り仕切る監督などにはその事実は伝わった。だが、働くものも多ければ工事現場自体の範囲も広く、さらに現場が現場なので、大変な大きさの音が常に響いているため、わざわざ騒がなければ、ちょっとやそっとで周りはその事故に気が付きもしない。
さっき話したように、辛い仕事のため、工事の途中に逃げ出すものも多かったから、誰かが突然いなくなったとしても、怪しむものはほとんどいない。
仮に捜索届が出されたとして、さらにこの現場で働いていたことを知っている家族がいたとしても、「工事の途中で逃げてしまってその後のことは分からない」と言ってしまえば、どこにも証拠はない。
そういったわけで、もちろん許される話ではないが、事故が起こったなどと馬鹿正直に通報して大ごとになり、工事をストップさせるよりは、何処かに隠してしまった方が話が早いということになる。

どこに隠すのか、本当なら地面 に埋められたらいいのだが、アスファルトというものは劣化で張りなおすことがあり、いつか掘り起こされる可能性が残る。深く掘ればその危険もないが意味もなく深く掘ればさすがに目立つ。
結果コンクリートの壁に埋めてしまうほうが確実だということになるらしい。
そしてよくある「トンネルの壁に人間の形のシミがある」などという話が出来上がる。
どうやらこれは人間の油分とコンクリートに含まれる水分との相性があまり良くないから起こるものらしい。
人の油が染み出てきて上から塗っても上から塗ってもやはり人の形になってしまう。
後年、それとなくいかにもありきたりでしかし信憑性のありそうな話とともに人の形のシミについての怪談が広まることがあったのかもしれない。
しかし、多くの場合はそのまま誰に気が付かれることもなく時間とともに当事者にも忘れ去られる。
いまお話ししたトンネルもいまはまだ使われており、別段、なにかホラースポットのようなものにもなっていない。
そんなトンネルが全国各地にあるらしい。
気が付かずに死体の横をあるいは下を、多くの車が今日も走っていることだろう。

以上が 私が人づてに聞いた トンネルにまつわる怖い話だ。
冗談を話すときのような軽快な口調で話されたので、本当のところはどこまで真実なのか誰にも分からない。
ただ、「ようはバレなきゃいいんだよ」と笑っていったその言葉が、私は最も恐ろしかった。

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