町はずれの洋館(朗読:かすみみたま様)

これは私が父から聞いた話だ。

私が生まれ育った町のはずれには小さな洋館がある。
私が生まれた頃にはすでに空き家だったから三十年くらいはだれも住んでいないはずだ。

ここにいつまで人が住み、いつ人が離れたのかは知らない。

私が幼少の頃、祖母から聞いた話では、祖母が生まれた時にはすでにそこにあったと言う。
しかし、一方で祖母と幼馴染であった祖父は、洋館はいつの間にか建てられたものだと言った。
結局いつからあったものなのかは分からない。
少なくとも父が言うには、父が子供の頃にはそこにあったらしい。

その洋館、人の住まぬ家ならばすぐ朽ち果ててもおかしくはないものだが、どういったわけだろうか、ついぞ変わらない姿であり続けている。
もちろん多少古びてはいるものの、誰かが定期的に手入れに来ている様子もない。それが父には不思議だったらしい。

あるとき、父がまだ小学校高学年だった頃、同級生の一人が度胸試しに洋館に忍び込む計画を立てたそうだ。

さほど大きくはない町で、気味の悪い館としてその洋館を知らぬ者は子供たちの中にはいなかったし、無責任に怪談を作って語るものも少なくはなかったから、みんなでその同級生を止めた。

それがかえってよくなかったのかもしれない。
その同級生は頑なに忍び込むと言ってきかず、誰の立ち合いも求めなかった。
父を含めた同級生もわざわざ怖い思いをしたいものはいなかったし、誰も付き合わなければ自然と諦めるだろうという思いもあった。

しかしその父たちの予想を裏切って、彼は洋館に向かったらしい。
「らしい」というのも、彼が洋館に向かう行きすがら、たまたま見かけた父に、これから洋館に行く、と声をかけただけで、父も実際に行ったかまではたしかめなかった。

彼はもちろん向かったのかもしれないし、実は向かわなかったのかもしれなかった。

その日を境に、同級生は学校に来なくなった。
父だけが彼が洋館に向かったのかもしれないことを知っていたが、それを言ってしまうと自分の身も危なくなるような気がして、ついに私に言うまで誰にも言うことができなかったのだという。

父も同級生のことがどうにも気になり洋館の近くまでは見に行った。とても中に入ろうなどという気持ちにはならなかったが、道から館を見ようと目を向けて、とあることに気が付いた。

どこがどうとは言えないものの、古びた雰囲気が取り払われ、それはまるで、洋館が若返ったような、そんな感覚に父は捉われたのだという。まるで何かを栄養にして元気を取り戻したような。

そのまま父は逃げ帰り、しかし何事も起こることはなく、無事に小学校を卒業した。
卒業式に同級生は来なかった。
卒業してしまえば特に普段からつながりがあったわけでもない父に彼の消息は分からない。
彼の家族もまた、いつの間にか街を去ってしまったそうだ。

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