ゆっくりおばあさん【ターボばばぁその後】(朗読:はこわけあみ様)

↑こちらの第一話として読んでいただきました。

「俺の地元の高速でさ、夜中にお婆さんが出るって話題になったんだよ。」
Aはそう話を始めた。
その日私はいつものように授業終わりに学食に向かっていた。バイトまでの息抜きに友人たち数人と他愛もない話をするつもりが、私が行ったときにはなぜかAが中心となって怪談話をしていた。
私の友人たちはそろいもそろって怪談好きでAはその中で部類の話好き。だからまあ珍しいことでもない。私は100円の珈琲を買って席に着いた。
珈琲は量も多く、砂糖もミルクも入れ放題だが、味は推してしかるべし。
「高速は夜中でもライトが照らしているから真っ暗というとはないんだけど、それでも昼間よりはもちろん薄暗いし遠くは見えにくい。なのに視線の遠く先に杖をついたお婆さんが見えるんだ。そのお婆さん歩みはゆっくりで、だけどおいそれとは追いつけない。というか、追いつきたくなくなるらしい。車の速度を上げればだんだん近づくことはできるらしいが、誰一人お婆さんに近づこうとはしない。〝安心する〟から後ろをついて行ってしまうんだそうだよ。目的地近くになるとお婆さんはスッと消えてしまうが、運転してた奴は驚くでもなくそのまま運転し続けて決まって無事故で目的地に着くらしい」
「随分平和な怪談だね」
私の言葉にAが頷いた。
「もとはターボババアだったらしいって俺に聞かせてくれた友人は言ってた。知ってるだろ?高速道路とかで後ろから追いかけてきて、追い抜かれると事故に遭うと言われているあれさ」
「それがどうして杖をついたお婆さんになってるんだよ」
再び私が言うと、これにもAは大きく頷いた。どうでもいいが、その友人もAと同じ嗜好を持っているようだ。類は友を呼ぶとはいうが。
「ターボババアの出現には諸説あるんだけど。全国各地にいるわけで、これが全員一人だっていうと違和感があるだろう?ここから先は俺の想像なんだけど、本人がもしくは子供とか孫が事故に遭って亡くなったお婆さんが死後亡霊になったものがターボババアなんじゃないかって俺は思うんだ。事故はもちろん全国各地で起こる。事故を起こした車だって全部が捕まるわけじゃない。今はともかく、昔なら逃げ切れた運転手もあったかもしれない。つまりはそういう浮かばれない魂が運転手を追いかけ続けているとしたら」
Aの言葉に俺がつなぐ。「傍目に見る分には高速で走っているお婆さんに見える?」
「ということになるんじゃないかなと俺は思ってる。それでその中には驚いて事故を起こした車もいただろうし、それを偶然見かけた第三者もいたかもしれない。結果噂が広まっていけば、話に尾びれ背びれがつくほうが普通だ」
Aの説が正しいかどうかは別としてそれがどう杖をついたお婆さんにつながるのか。
私の疑問にAは言った。
「これもおそらくだけど、その中には後々自首したり、捕まったやつもいたんじゃないかな。良心の呵責に耐え切れずってやつ。中には本当に改心した運転手もいたかもしれない」
「つまり、憎む相手を失ったターボババアがこちらも改心、或いは悪霊だった時の罪滅ぼしに今度は真夜中の水先案内人になったというわけか」
「ターボババアが流行ったのももうだいぶ昔だし、中には変化した婆さんがいても不思議ではないと思うんだ」
「(怪談なんだから不思議のかたまりだろうが)」と内心思ったが言わずにおいた。しかしそうして怨みから解き放たれて亡霊がいるという説は、あってもいいかなと思った。
「俺の地元ではこの婆さんのことを〝ゆっくりおばあさん〟って呼んでいるらしい。ネーミングは安直だと思うけれど、もともとの名前も名前だから案外ぴったりかもしれない」

今日もAの地元では夜な夜な車を導く杖をついたお婆さんが歩いていることだろう。
……なんなら走っているお婆さんよりもより一層怖いような気がしないでもないが。

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