リンク薬局ができるまで (7)

やっちゃった感

仲介手数料、敷金、礼金で、すでに100万円近い金額を払っていた。

まさに「やっちゃった感」だ。

「場所も決まって賃貸契約も結びましたけど、どこからどうやってお金借りたらいいんですかね?」

不動産屋さんは笑った。

僕の両親の代から賃貸マンションでお世話になっている不動産屋さんだ。

「さすが伸ちゃん!将来、大成するわ」

人によく「大器晩成型ですね」と言われるが、それが褒め言葉でないことを僕は知っている。

「うちの隣に税理士事務所があるでしょう?
そこを紹介してあげるから、とりあえずいっておいで」

促されるまま、僕は税理士事務所に向かった。


MRの頃の同期の結婚式

たった1年で辞めたMRだが、まだ今も何人かとは連絡を取り合っている。

そんな同期の結婚式があった。

結婚式に慣れてしまった僕らは新郎新婦のことなどそっちのけ。

「アイツが病専(病院専門)らしいよ」
「俺は○○所長と仲良いから」
「あの子、□□会社に転職したらしいよ」

何とも言えない虚しさを感じた。

「コイツらの顧客は誰なんだろう?」

「どこかで時間が止まってる?」

僕はそう感じた。

二次会も終わり、ホテルに戻り、薬剤師免許を持っている同期のMR二人と部屋で飲み直した。


反対意見

部屋に戻ると開局の話に。

門前がないこと
施設がないこと
患者さんゼロから始めること

一通り伝えたが、返ってきたのは

「それってほんとに大丈夫なの?ドクター見つけた方がいいよ」

もっともな言葉。

MRだからなのか、やはりドクターありき。

でも、誰かが想像できることなど、すでに誰かやっているはず。

反対されればされるほど、僕は自信をつけていった。


根回し

「はじめまして、稲田伸一と申します」

豊中の薬剤師会の会長さんにも挨拶に行った。

組織や縦社会に属することが苦手な僕が、わざわざお金を払って薬剤師会に所属する。

しかも結構な額である。

自分の両親ほど年の離れた会長さんは、親心で反対してくれた。

ご自身が開局された時の話も交えながら、いくつかアドバイスもくれた。

「家のお金をあんまり突っ込むなよ」
「何かあればサポートするから、いつでも来いよ」
「ヤバイと思ったらなるべく早く撤退しろよ」

本当に有り難いアドバイスである。

最後に、

「副会長が開局エリアのことは詳しく知ってるから、また話聞きにいってきなさい」

そう言って(少し恐い顔のチョイ悪な)会長さんは優しく見送ってくれた。


ボス感(副会長)

会長さんにもらったアドバイスの通り、副会長の先生にアポイントを取って挨拶に行った。

実は僕の自宅は副会長さんの薬局と薬局の間に挟まれている。

元々知っていたが、中に入ったのは今回が初めてだ。

「こんなスタバみたいな薬局が…」

近未来を思わせる薬局だ。

特注で作られた黒を基調にした調剤室だ。
何とか安く内装費を抑えようとしている自分が恥ずかしくなった。

この薬局は日本で今一番、未来に近い薬局だと思う。

店舗に入るとスタッフさんに案内され、調剤室を通り2階へ。

するとそこには薬局とは思えないような立派な会議室兼社長室があった。

間違いない。

あれがボスだ。

ゲームで言うと、だいたいダンジョンの一番奥の部屋にいるのがボスだ。

形式的に持って行った手土産が、逆に僕の心の弱さを反映していた。

稲田「会長からお聞きになっているかと思いますが、開局を予定しています」

副会長「いやいや、ほんとにやるの?」

稲田「賃貸契約結んでしまったので」

副会長「もうそこまで腹括ってるんやったら仕方ないな。薬剤師会としても最大限バックアップしますよ」

稲田「ありがとうございます」

副会長「稲田さんは感じてると思うけど、調剤薬局はもう門前の処方箋だけで成り立つビジネスモデルではなくなってきてる」

稲田「そう思います」

副会長「そういう意味では個人在宅1本でやろうと考えた稲田さんと僕は同じスタートラインに立ってると思います」

…!?

度肝抜かれた。

豊中の大ボスが僕みたいなルーキーと同じスタートラインに立ってる?

この副会長が大ボスである理由がわかった気がした。

きっと副会長自身、これまで新しいことを排除せずに受け入れ、
どんどん事業を大きくしてきたんだと思う。

本当の大ボス、ラスボス。

最後に握手をして、その場をあとにした。


引き継ぎの真っ最中

勤めてた薬局では2施設を担当していたこともあり、その引き継ぎも始まった。

今のその店舗が嫌になって辞めるわけではないので、
引き継ぐ人に迷惑がかからないよう
最後まで自分のやれることは精一杯やろうと思った。

施設アレルギーは少しずつ治ってきた。
施設のナースとも関係ができてきた。
往診同行のドクターとも話せるようになってきた。

往診同行で僕が「かしこまりました」というと、
ドクターが「かしこまらんでいいねん!」と
ツッコミを入れてくれる関係にまでなれた。

数ヶ月前、配属された時の絶望感は少しずつ消えていった。

この店舗を離れることにわずかながら寂しさを感じるようになった。

しかし、僕には時間がない。

実はまだ、この段階で融資が確定していなかったのである…


続く

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