ランニングのこと。その1

テレワークが推奨され、在宅で仕事をしている人、つまり自分で時間を管理しながら働いている人が増えたからだろう。このところ平日の昼も走っている人をよく見かける。他のスポーツがほとんどできない事情がある中、運動不足解消に走り始めた人もいるかもしれない。ただその表情は険しく感じる。ストイックに走っている、というのとは違うような…状況が状況なので無理もない。早く以前のように、心から楽しみながら走れる日常が戻ればいいと、つくづく思う。

かく言う私もランナーである。走歴だけは長く、ランナーとして走り始めてからもう四半世紀になる。きっかけはスポーツメーカーでランニングのカテゴリー担当になったことだった。ランニングの世界を知らなければ、と各種大会にも参加した。以降もランニングは続け、今も週に2回、1時間くらい、コツコツと走っている。自分のタイミングでできるランニングはフリーランスライターという職業とも相性がいいようだ。走り続けているおかげで、ランニング関係のお仕事もたくさんやらせていただいている。

ランニングを始めた頃も走っている人は多かったが、当時はいまのランニングシーンとは全く様相が違った。大会に出れば、”楽しみながら42.195㎞を走ろう”なんて雰囲気はなく、ただただゴールを見据える空気が漂っていた。今のランナーも真剣だが、真剣というよりは”マジ”だった。世の中の人も”よくフルマラソンを走れるね”、”偉いね”と敬意を払いつつも、どこかでランナーのことを変わり者と見ていた節もあったように思う。シューズさえあれば走れるランニングだが、走らない人にとってはまだまだ垣根が高いスポーツだったのである。

こうした様相が変わり出したのは、2007年の東京マラソンからである。この開催を機に、いわゆる”マラソンブーム”が到来した。現在ランナー人口は頭打ちになっていると言わているが、ランニングはすっかり定着している。いろいろな理由が考えられるが、私はその立役者は女性ランナーだと思っている。ファッションやライフスタイルなどと掛け合わせながら楽しむ姿が、ランニングというスポーツに広がりを持たせてくれた。女性が前を行けば、男性も追随する。ランニングに真剣に取り組みながらも、そこに楽しみを見つける女性がランニングというマーケットをけん引した、と勝手に見ている。

ランニングの仕事ではたくさんの市民ランナーを取材した。そのほとんどがランナーとしては無名だが、全ての人がランニングに関わるストーリーを持っている。100人いれば、100通りのランニングへの思いがあり、100通りのランライフがある。ランニングがそれを受け止めてくれるスポーツだと認識されたことも、裾野が広がった要因かもしれない。

取材しているとたまに、走り始めてから2年足らずで「サブ3」になった(フルマラソンで3時間切りを果たすこと。市民ランナーにとって1つのステータスとされる)という人に出くわす。意外にこういうランナーや、好タイムを持つランナーには、学生時代はスポーツはやっていなかった(あるいは本格的にやっていなかった)人が少なくない。自分の限界を知らない、いや勝手に定めていないこと、また走るということに対してアレルギーがない(学生時代にさんざん”走らされた”人にはあると思うが)からかもしれない。

ランニングについても書きたいことはたくさんある。おいおい綴っていきたいと思う。

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上原伸一と申します。スポーツメーカーやPR代理店などを経て、2001年からライターに。野球や陸上競技を中心にスポーツを幅広く取材し、現在は主にベースボール・マガジン社の媒体や、朝日新聞社「4years.」などで執筆しています。noteではスポーツにとどまらず投稿していきます。
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