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終わりなき進化と開かれた目的|岡瑞起『ALIFE|人工生命 より生命的なAIへ』

 「より生命的なAIへ」という副題どおり、人工知能の未来を開くとものとしての人工生命の価値を物語る書籍だが、それにあたって両分野の類似性を述べるではなく根底の世界観の相違を際立たせていく点は、それぞれの分野の精神性につうじた岡瑞起さんならではの語り口だと感じた。「生命的なAI」にいたるためには、人工知能の自然な延長線上にそれを望むのではなく、両者の断絶を意識した上でそれを乗り越えなければならない(Beyond AI)、あるいは、その落差を利用したある種の転回を為さなければならないという声が聞こえてくる一冊だ。

 人工知能と人工生命。収束的な知と発散的な知。閉ざされた目的と開かれた目的。競争の精神と共生の精神。一つの目的、一つの正解に向けて競争し、知を収束させてしまいがちな人工知能に対して、生命の進化のあり方に学ぼうとする人工生命では、開かれた目的に向けて四方八方に発散していく無数の生命知が共生的に働くことで、思いがけない知がそこに産み落とされていく。著者が人工知能と人工生命の類似性ではなく差異を強調していったのは、両者を寄せることで一つの分野に収束させるのではなく、両者の知をそれぞれに発散させた上でそこに共生関係を築くこと、それこそが人工生命的な知のあり方であると肌で感じとっているからだろうか。人工知能と人工生命は似ていない、だからこそ両者はお互いに資することができる。
 
 ちなみに人工生命という学問は、進化に限らず自己組織化、代謝、自己複製、自律性など、生命の備えるさまざまの特性について、ソフト、ハード、ウェット、あるいはアートなど、それぞれの方法論からの理解を試みる学際分野であるが、本書はその中でもオープンエンドな進化(Open-ended evolution|終わりなき進化)を軸として人工生命を物語っている。論理的、計算的な知の手前にあってそれを支えている身体的な知、それを生みだす遺伝と進化のアルゴリズム、集団からの創発ならびに集団としての進化、目的に向けて直進する進化と目的から逸れて寄り道する進化、脳と身体と環境の共進化。生命の進化を止めないために編み出されてきた無数のアルゴリズムは、人が生きていく上でその思考を停止してしまわないためのヒントにもなっている。

 日進月歩の、門外漢にはフォローが難しいこの研究領域について、ここ10年で開発された重要な人工進化のアルゴリズムを手際よく紹介してくれているのがありがたい。ニューラルネットワークの構造自体を進化させるNeuroEvolution of Augmenting Topologies(NEAT)。目的ではなく新規性によって進化をドライブするNovelty Search。生態学的ニッチによる「棲み分け」によって進化の多様性と品質を両立させるQuality Diversity Algorithm。脳と環境の共進化を可能としたPaired Open-Ended Trailblazer(POET)。そして、人工知能=深層学習と人工生命の融合。

 これまでOpen-ended Evolutionを「終わりなき進化」としてのみ捉えていたが、それは同時に「目的の開かれた進化」でもあると気付けたのが、個人的には一番の収穫だった。目的(end)という端=終わり(end)を開くことが終わりなき(open-ended)進化の条件だというのは、まるで言葉遊びのようでもあるが、日常の言葉のなかに潜んだ真理を掘り起こし、その手につかみ直していくことが学問なのだという気がしないでもない。

 また、Sims(1994)を超える人工生命をHod Lipson(2013)が進化させるまでに20年もの月日が流れていること、それまで人工進化の進歩が停滞していたことも、本書を読んで初めて気づかされたことだった。NEATなどのアルゴリズムの発展により「やわらかな身体」をシミュレーションできるようになったことが突破口だったという。身体のやわらかさは進化の道筋に自由度と柔軟性をもたらすが、自由度が増えるぶん、それを制御するにもシミュレーションするにも多大な計算負荷がかかるというジレンマがある。その負荷をアルゴリズムの発展によって解消できたことが大きいという。この箇所を読んで思い出したのが、physical reservoir computingの話。仮想世界においては計算容量を食う「やわらかい身体」は、物理世界においては、それ自身が計算能力を備えた資源として知能の一部に組み込まれている(こともある)。やわらかいから計算ができないのではなく、やわらかいからこそ計算ができるという、この物理的世界における本質的な意味でのジレンマの解消は、果たして仮想世界の中でも再現できるだろうか。

 それと、単純なもののみが進化していく人工進化の世界に複雑さをもたらしたのは「寄生体」の誕生だったという話は、もとより知ってはいたがあらためて印象に残った。インターネットの発達した情報空間では単純な言説ばかりが拡散していき、世界の複雑性を意識の片隅へと追いやっていく。コンピュータではなく、人のメモリ容量を奪い合うように進化を続けるミームたち。「一番速く複製するサイズの小さい単純なLoop」から逃れて、この世界に複雑性を再建するための「寄生体」を、僕たちはどこに求めればよいだろうか。著者の述べるように、人工知能というブラックボックスに導かれた「一つの正解」から距離をとり、人工生命に巻き込まれる(involve)ようにして知を進化(evolve)させていくことが一つの道筋かもしれない。


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